陽炎 (Page 8)

「……分かった。じゃあ、こっちで先に整理を始めてるよ」
 清一朗は通話を終え、スマホをポケットに押し込む。
 代わりに反対側のポケットから家の鍵を取り出した。それを古びたサッシタイプの玄関に差し込み、開けると微かに黴の臭いが鼻につく。

 顔をしかめ、清一朗は室内へと入り込む。

 十年単位で訪れていなかった祖父の住まいは、古びてあちこちに埃が積もっている。
 学生時代に祖父と差し向かいで食事をしていた卓袱台は、とうに処分されたのか見当たらない。一方で寝室には介護用の大型ベッドが未だに取り残されていた。
 舌打ちし、業者への連絡をしなくてはと清一朗は頭の中のリストへ書き加える。

 手近なところから、と清一朗は寝室から整理を始めることにした。

 祖父が亡くなったのが半年前。

 葬儀は葬儀場で執り行われ、この家には彼は寄り付かなかった。
 苦い思い出が大き過ぎて、近寄る気になれなかったのだ。しかし、今回は逃げ切ることができなかった。

 窓を開けて換気をしながら、押し入れなどに詰まっているものを引っ張り出す。処分するものと残すものを仕分けする作業だけでも骨が折れる。

 そういった遺品の中からアルバムが出てきた。中を検めると、白黒のものも何枚か混じっている。
 何とはなしにページをめくっていた清一朗の手が止まった。視線は一点に注がれ、動かせない。

 彼が注視している白黒写真は日に焼け、少々退色していた。だが、どうして見間違うことができようか。胸の奥で燻り続けている想いの、その火種たる人物が映っているのだ。
「清子、さん」
 坊主頭の少年と清子が満面の笑みで写っている。
 裏返すと『新築の庭にて。長女・清子。三男・三郎太』とうっすらと鉛筆書きのメモが残っていた。
 三郎太は祖父の名だ。

 どうして子供時代の祖父と清子が一緒に写っているのか。他人の空似か。彼が混乱していると人の気配が玄関の方でする。清一朗は咄嗟に写真をポケットに仕舞いこんだ。

 じっとしていると母親が顔を出した。
「あら、あんた、そんなとこにいたの」
「ああ……、うん」
 しばしの逡巡の後、彼は思い切って母親に訊ねることにした。
「じいちゃんの、アルバムを見つけた」

「そうなの」
「きょうだいがいたんだな」
「みぃんな早死にしたらしいけどね」
「早死に」
「そうそう。事故やら病気やら。ああでも、お姉さんは行方不明だったかしら」
「なんだ、それ」
「おじいちゃんが言うには、お見合いしたけど本当は好きな相手がいたんじゃないかって」
「それで、消えたって?」
「まあ、駆け落ちしてても、もう生きちゃいないでしょ。おじいちゃんより年上なんだから」
 女のシビアなリアリストぶりを見つけられ、清一朗は苦笑するしかない。
 だが、その笑みはぎこちなかった。

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