陽炎
大学生の清一朗(せいいちろう)は炎天下に祖父に会いに行っていた。その途中で体調を崩し、清子(きよこ)に助けられる。そのことをきっかけに知り合い、仲を深める二人だったが、清子に縁談が持ち上がり……。不可思議な出会いと、その顛末は如何なるものになるのか。
清一朗(せいいちろう)が彼女と出会ったのは、大学生になりたての頃である。
大学への進学を機に、彼は一人暮らしを始めた。近くには母方の祖父が暮らしており、時折顔を見せに行っていたのだ。
記録的な猛暑とテレビで気象予報士が言い、ニュースキャンスターも日射病対策を呼び掛けていたことを清一朗はよく憶えている。
そんな真夏のことだ。
人の好い大家が彼に西瓜を一玉ぽんと寄越してのけた。
一人では食べきれないからと、清一朗は祖父にお裾分けをするため、重たい西瓜を片手に真昼の町を歩くことにしたのだ。
じわじわ。
しょわしょわ。
つくつく。
蝉があちらこちらの木々で鳴き喚いている。
あまりの暑さに足元が溶けてしまうのではないか。そんな妄想が熱の籠る脳味噌へどろりと染み渡る。
暑い。熱い。
顎へと滴る汗を拭い、サンダルをぺたぺた鳴らして清一朗は祖父の住まいへと向かう。
蝉の声の隙間に滑り込むように、りん、と風鈴の音がどこからが聞こえた。自然と清一朗の足が止まり、周囲を見回す。
低い生垣の向こうで、濡れ縁に座っていた娘と目が合った。
彼女は薄手のブラウスを着て、臙脂の長いスカートを履いる。その出で立ちは、一本の三つ編みを肩へ垂らしている純朴で大人しげな風貌の彼女には似合いのものであった。
娘は清一朗と目が合って驚いたのか、目を丸くしている。団扇を持っていた手を止めてしまっていた。
ふわりと熱を帯びた風が二人の間に吹く。
清一朗の足を止めさせた風鈴が再び鳴る。
涼やかなその音色が呼び水になったかのように、清一朗の意識がくらりと傾いた。あまりに白く強烈な日差しが彼の視界を染める。反発するように暗転する意識に抗って、清一朗は咄嗟に手を伸ばした。
その先にあったのは、細い枝を張り巡らせた生垣だった。
「あっ」
風鈴よりも軽やかで、存外凛とした声が落ちてゆく清一朗の意識を追う。
ばきばきと耳元で枝が折れる音がした。その音を頼って何とか目を開ければ、巨人の手の中で振り回されでもしたように清一朗の視界がぐるぐると回る。
「大変!」
声に次いで、ぱたぱたと駆け寄ってくる足音。
渦巻く視界の端を娘が走ってくるのが分かる。だが、どうにも体を清一朗は動かせない。胸中に情けなさと自分の体に起こった異常への慄きが交じり合う。
「大丈夫?」
生垣の上から顔を覗かせ、娘は団扇で清一朗の顔の上へと影を落としてくれた。それだけのことで渦を巻き、白んでいた視界が幾分か楽になる。
「うぅ」
大丈夫と答えたかったが、清一朗の口から出たのは小さな呻きだけだった。
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