見知らぬ自分と妻

・作

安心できるはずの住まいに巣食う違和感に、楠田(くすだ)は怪しげな拝み屋に解決を依頼する。妻との安寧を脅かす自宅に潜む得体の知れないナニカ。隠しカメラに記録されたナニカと、妻の淫らな姿を目撃した楠田は……。

そこはマンションの一室だった。
 楠田(くすだ)が結婚を機に購入したマンションよりも古い、間取りもありふれた物件。

 本当に大丈夫なのだろうか。
 確かにここなのだろうか。

 内心に渦巻く不安と疑念を楠田は無表情で押し殺す。それでも内心は汗として彼の額に少しずつ表出してしまっている。

 妻から贈られたハンカチで額の汗を拭いつつ、彼は目の前にいる不安の元凶でもある人物を改めて観察した。
 その人物は、一見して得体が知れない。
 首元まで覆うサマーセーターはふんわりとした生地で、さらにサイズが大きいらしく体の輪郭を微かにぼかしてしまっている。下に履いているものも同じくゆったりとしたデザインであるため、やはり輪郭はつかめない。

 さらにその顔立ちだ。

 年齢は恐らく二十代の後半か、せいぜい三十代の前半程度。しかし、問題は人工物めいて整った面立ちが、男女の区別が非常につき難い点である。
 美青年にも、美女にも見えるその人物は田幡(たばた)という。

 田幡は楠田が額の汗を拭っているのを見て、両者の間にある小さなテーブルに乗っていたエアコンのリモコンを手にした。
「すいません、暑かったですか」
「あ、いや……」
 声音からもやはり性別は判然としない。

 楠田はエアコンの設定温度を弄っている田幡に話しかける。
「あの、うちにいるアレは何なのでしょう?」
「なんでしょうね」
 気のない返事を田幡は返し、再びソファに腰を下ろした。その返答に楠田は微かに不満を募らせる。
「あなたなら、なんとかしてくれると紹介されて来たんですよ」
 顧客に対してあまりにも対応がおざなり過ぎないか。言外に苦いものを滲ませ、楠田は体を前に傾けた。眉間に皴を寄せ、彼は性別不詳の相手を睨む。

「私のことを何でもお見通しの超能力者かなにかと思っていらっしゃる?」
「そんなことはありませんが……」
 反論され、楠田は鼻白む。気勢を削がれた彼は、うろうろと視線を田幡の背後へと向ける。
 背後には小さなキッチンがあり、コンロには鍋が乗っているのが見て取れる。食器が幾つか伏せられており、自炊をしているのだと知れた。

「はっきり言わせてもらうなら、私のような怪しげな拝み屋に頼るより、心療内科に行ったらいかがです?」
 心療内科という単語にさっと楠田の顔から血が引く。
「……頭がおかしいと、そう言うのですか?」
「さあ? そんなことは私が決めることではありませんね」
 田幡は冷めた声音で言い捨てた。
「どうすれば?」
「心療内科に行って色々と相談したら、案外すっきりするかもしれませんよ。薬を処方してもらって気持ちが安定すれば、ええっと、なんでしたか? 家の中にいるという得体の知れないナニカも失せるかもしれませんし」

「もしも、僕の頭がどうかしていたとして、妻の反応はどうなるのでしょうか」
「ご夫婦で相談して向き合っていくのが良いでしょう」
「……そうじゃないんです」
「そうじゃない?」
「はい」
 深く、自分を落ち着かせるため楠田は深呼吸をした。傍から見れば深い溜息でしかなかったのは心労が故である。

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