夜の手ほどき
ある日、和田俊之が仕事から帰ると離婚届けが置いてあり、妻の小百合がいなくなっていた。大学からの共通の友人である汐川英子に相談すると、夜の夫婦生活に問題があると指摘される。そのまま成り行きでどんなセックスをしているか英子に試してみる事になり、二人はホテルへと向かう。
仕事から帰ったら離婚届けが置いてあるなんて、都市伝説だと思っていた。
カフェに入ると、ふわっとメロンの匂いに包まれた。
店内を見渡すと、約束の10分前にも関わらず汐川英子はすでに来ていた。
「すまない、呼び出して」
「ううん。何か注文してきたら?」
「俺はいい」
和田俊之は前に座った。メロンのフラペチーノを見て、英子もそういうものも飲むんだなとふと思う。
大学を卒業してから、三年振りに会う英子は女らしくなっていた。ピシッとしたスーツ姿はいかにも仕事のできるキャリアウーマン風だった。俊之の妻の小百合とは正反対のタイプだった。
「それで? 相談したい事って何?」
「……ああ」
俊之は周りをそれとなく見た。席同士が近く、会話が聞こえてくる。声を潜めて、俊之は切り出した。
「小百合がいなくなったんだ」
英子がパチパチッとまばたきした。
「仕事から帰ったら家の中は真っ暗で、離婚届けが置いてあったんだ。電話してもメールしても返事がなくて。思い切って小百合の実家に聞いてみたけど知らないみたいだし逆に何かあったのかって聞かれる始末で、どうしたらいいか分からないんだ」
英子は大学からの共通の友達で、小百合が頼るなら英子だと思ったのだ。
「置いてあったのは離婚届けだけなの?」
「置き手紙もあった。『あなたに愛されてると思えないんです、ごめんなさい』とだけで」
「思い当たる事はないの?」
「ない」
「そう」
フラペチーノを飲み干し、英子が唇を舐めた。
「実は、小百合にも相談されたの。どこにいるかも知ってるわ」
「えっ? じゃあ」
「でも教えてあげない。原因をなくさないと教えても無駄だから」
「……原因は何なんだよ」
「夜の夫婦生活に不満があったみたい」
「はあ?」
思わず大声を出してしまい、俊之は咳払いしてごまかした。
「まさか、そんな」
「信じたくないでしょうけど、それが原因よ」
「……回数が少なかったとか?」
仕事が忙しいのもあったが、セックスするのは月に二回ほどだった。
「違うわ。内容よ。気持ち良くないのよ」
「嘘だろ」
「信じたくないでしょうけどね。小百合ははっきり言わなかったから察しただけだけど」
俊之はむうっと黙り込んだ。
セックスが下手だと言われるのは気分が悪い。それなりに自信はあったのに、男としての自分を否定されたように思えた。
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