肉食獣には敵わない
森柊也(しゅうや)は出向の間、兄夫婦の稜真(りょうま)とむぎの家に世話になる事になった。ところが、兄の出張中にヴィーガンの柊也と焼き肉大好きのむぎはケンカしてしまう。出ていこうと決めた柊也だったが、偶然むぎに下半身を見られ、「これなら仲良くできるかも」と迫られる。
家に入って、柊也はかすかに顔をしかめた。
「遠慮せずにあがれよ」
兄の稜真が促す。
出向が決まって、柊也は引っ越してこれまで通り一人暮らしをする予定だった。ところが、お金がもったいない、兄夫婦の家でお世話になりなさいと母親がおせっかいを発動してあれよあれよという間に決められてしまった。
兄夫婦がマンションを買ったのは去年の事で、まだ子供はいないため部屋は空いている。出向も3年ほどなので、その間だけ世話になる予定だった。
「いらっしゃい、自分の家だと思ってくつろいでね」
キッチンから兄の妻、むぎが声をかけた。三十二歳の稜真より五歳若く、柊也と同じ歳のむぎは太ってはいないものの、どこかむちむちとした印象があった。
「ありがとうございます」
「敬語はやめましょ。堅苦しいのはなし。いい?」
「……分かった」
むぎが満足げに頷く。
「ところで、それは……」
柊也はテーブルの上の鍋を指さした。
「すき焼きよ。お肉、奮発しちゃった」
カセットコンロにかけられた鍋の中ですき焼きがぐつぐつ煮えているのを覗き込んで稜真が嬉しげに笑った。
「早く食べようぜ」
「悪いけど、俺は食べない」
「え?」
「俺は食べない」
稜真とむぎが固まる。
「あ……お腹空いてないの?」
「違う。俺はヴィーガンなんだ」
「ヴィー……えっとベジタリアンみたいなやつだっけ? 野菜しか食べないっていう」
「似たようなものかな」
「でも柊也、小さい頃は普通に食べていたよな。母さんも何も言ってなかったし、就職してからなったのか?」
「そうだよ」
「それじゃあ、白菜やネギは食べられるのよね。取り分けましょうか?」
小鉢を取ろうとしたむぎに、柊也がにべもなく告げた。
「肉と一緒に煮た野菜は食べられない」
「……あ、それじゃ卵かけご飯は? 卵もいつもよりちょっといいものを用意したのよ」
「卵も食べない。牛乳も駄目だ、豆乳ならいい」
「ああ……うん」
「不快だからできれば肉や魚料理の匂いはさせてほしくないけど、そこまでは強要しないよ。我慢する。だけど俺は食べられないから、食べられる物をリスト化して渡すよ。鍋や食器も別にしてほしい。肉料理に使った物なんておぞましくて使いたくないんだ。いいかな?」
柊也の提案に、むぎが強張った表情のまま答えた。
「悪いけど、食事は自分で作ってもらえるかしら?」
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