あなたしか映らない (Page 2)
「お疲れ様。相変わらず早いね」
泰輔を送り出した女性がそんなことを言いながら出迎えてくれた。
「あざっす」
やる気のない返事をして、彼は定位置へ腰を落ち着ける。
「あとのお客さんは全部宿泊だからね」
「了解っす」
つまりシフトが終わる早朝六時まで五時間半ぐらいは暇ということだ。ひと眠りしてもいいし、スマホでだらだらと情報を浴びていてもいい。
「コーヒーでも、どう?」
「……あー、飲みます」
少し迷った彼の返事を聞いて女性はにっこりと笑い、立ち上がった。
椅子から立つと女性の背が存外高いたことが分かる。男性顔負けの長身で顔立ちも整っているので、一緒に歩く男は気後れしそうだな、といつも泰輔は思う。古臭いラブホテルのフロント係などではなく、モデルと自己紹介された方がしっくりくるだろう。
そんなことを考えられているとは露知らず、茶渋で赤茶けたマグカップにインスタントコーヒーを振り入れていた。
彼女の後姿は女性的な肉感には、少々乏しい。どちらかといえば痩せ型で長身なことも相まって縦に長い印象だ。貧相ではないのだが、全体的に慎ましやかな円やかさである。
「お待たせ」
「あざっす」
カップを受け取り、礼を言う泰輔に女性は小さく笑う。
彼女の魅力は肉体的なボリュームなどではない。
瞳だ。
蠱惑的な瞳は、磨き上げられた瑪瑙のように艶やかで美しい。安っぽく古い電灯の明かりの下ですら魅力的に輝いている。
泰輔しそこに自分が写っているというだけで、最初の頃はどぎまぎしたものだ。
今となっては、その限りでもないのだが……。
女性はデスクの前から泰輔の隣の席へと移動し、マグカップを両手で包み、白っぽくなった表面へ視線を落とす。本当はミルクをたくさん入れて甘くしたいのだと、泰輔は以前に彼女から聞いていた。
「ねえ、泰輔君」
「なんすか」
「コーヒーって、興奮作用があるらしいよ」
「そうなんすか? 俺、鎮静作用があるってネットで見た気がするんすけど」
「え? そうなの?」
童女のように彼女は目丸くしてしまう。
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