あなたしか映らない (Page 3)

「お待たせ」
「あざっす」
 カップを受け取り、礼を言う泰輔に女性は小さく笑う。

 彼女の魅力は肉体的なボリュームなどではない。
 瞳だ。
 蠱惑的な瞳は、磨き上げられた瑪瑙のように艶やかで美しい。安っぽく古い電灯の明かりの下ですら魅力的に輝いている。
 泰輔しそこに自分が写っているというだけで、最初の頃はどぎまぎしたものだ。
 今となっては、その限りでもないのだが……。

 女性はデスクの前から泰輔の隣の席へと移動し、マグカップを両手で包み、白っぽくなった表面へ視線を落とす。本当はミルクをたくさん入れて甘くしたいのだと、泰輔は以前に彼女から聞いていた。

「ねえ、泰輔君」
「なんすか」
「コーヒーって、興奮作用があるらしいよ」
「そうなんすか? 俺、鎮静作用があるってネットで見た気がするんすけど」
「え? そうなの?」
 童女のように彼女は目丸くしてしまう。

 どちらが正しいのか、スマホで検索してみる。

「……両方あるんだ」

 二人で同じスマホの画面を覗き込み、気付けば肩を寄せ合っていた。
「波奈(はな)さん、近いっす」
「だめ?」
「だめじゃないっすけど……」
「コーヒーで興奮した?」
「それ、波奈さんの方じゃないっすか」
「どうかな」
 そろりと女性――波奈の手が泰輔の太腿の上へ置かれる。
「俺が興奮してるとしたら、絶対に波奈さんのせいっすね」
「そうなんだ。嬉しい」
 美しい瞳が泰輔の視界一杯に広がった。それが薄い瞼の下へ隠れ、彼も惜しみつつ瞼を閉じる。柔らかな感触が彼の唇を覆い、啄み、己以外の体液のぬめりを体感した。

「……」
「……」
 少しだけ低い彼女の体温が離れると、安いインスタントコーヒーの味と香りだけが微かに泰輔の唇に残る。
「私もね、泰輔君に興奮した」
「コーヒーじゃなくて?」
「いじわる」

 とすん、と軽く胸に頭突きをされ、泰輔は波奈の髪を梳く。指に絡まることなく、彼女の微かに明るい色をした髪が指先を滑っていった。
 このような関係になった理由やキッカケを問われたら、きっと二人揃ってなんとなく、とか、自然に、とか答えるだろう。それぐらい自覚もなく、二人はいつの間にかこのような関係になっていたのだ。

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