ファンレターで、セックスアピール?

・作

成人男性向けの同人作家である九城の元にやってきたのは意外にも女性のファン。シオリと名乗る彼女は第一印象では大人しそうだった。しかし手渡されたファンレターの内容から痴女であることが分かり、添えられた連絡先にそのまま電話を掛けて――

だだっ広い会場の屋内に立ち込めるのは暖気だった。

設置した長机のカウンターの前でパイプ椅子に座っている。

姿勢は良くしておこう、なんて考えを保てたのは最初の十数分だけだ。

暖かい空気というのはほんと、どうしてこうも眠気を誘ってくるのだろうか。

椅子に座れるだけマシと言えばマシなのだけれど、既にもう地面でもいいから寝転がりたい気持ちでいっぱいだ。

欲を言えば、自宅のコタツの中に引き篭もりたい。可愛い女の子と抱き合っていたい。

ペットのメス猫を擬人化というのはどうだろうか。Tシャツ一枚とかのラフな格好。

ぴらりと捲ればすぐに乳房に手が届いて揉み放題。

獣耳の内側にふっ、と息を吹き込むだけで体を震わせるくらい敏感な子で。

溜め込んだ白い液体を全部吐き出してすっきりしたら、そのま二人してお昼寝――

 

って、外で考えるような内容じゃ無かったな。

職業柄(?)こういった妄想に耽ってしまうタチなのだ俺は。

 

毎年開かれているそこそこ大きめの同人誌即売会イベント。

俺の主催しているサークルもそこに参加している。というかサークルのメンバーは主催者の俺だけである。

机の上には俺が作った小冊子が積み上げられている。

内容の方は……踊り子をモチーフにしたオリジナルストーリー、ってところだ。

栗色の髪をした少女が、これでもかというぐらいにひらひらした衣装を纏っているイラストが表紙となっている。

正直、表紙に力を入れすぎて描くのが面倒な衣装にしてしまったので、速攻で脱がせた。

二ページ目にはもう裸だ。

売れ行きは大体いつも通り。ぎりぎり赤字。

でも俺なんかの作品を結構な人が見てくれているだけで、満足感は得られている。

 

大きめの同人即売会とはいっても、午後に差し掛かる頃には大分客足もまばらになってくる。

暇潰しに落書きでもするか、と鞄の中を適当に漁る。

確かスケッチブックを持ってきたはずだ。

そもそも俺はデジタル専門なのでほとんど使っていなかったりするが――

「あ、あの……九城先生ですか?」

「え?あ、はい」

声を掛けられたのは、そんな時だった。

すぐさま姿勢を正して声の方へと向きを変える。

「すいません、少しぼーっとしてました。俺が九城です。合ってますよ」

ありがたいことに、たまに立ち止まって買って行ってくれる女性客も居るには居るが……声を掛けられたのは初めてかもしれない。

「は、はじめましてっ!えっと、わたし」

話し掛けてくれた相手の方に軽く視線を送る。

暖かそうな黒いコートで前を首元まで覆っていて、背はあまり高くない。歳は二十代前半くらいだろうか。

右手は持ってきたキャリーケースの方に添えられている。

どうも本を買いに来た訳ではないらしく、そちらには手を伸ばさなかった。

 

もしかすると、こうして客が来なくなる時間帯になるのを待って話し掛けてくれたのだろうか。

「お話……あ、いえ。いそが、忙しいです、よね……?」

上目遣いで見つめられてドキッとする。

薄めの化粧だがほんのり赤みがかった頬を。柔らかそうな小さな唇を。ついつい見てしまう。

こんな子が売り子とかしてくれたら、俺の本ももっと売れたりするのかな。

「いや、割と暇ですけどね。買いたい人はもう皆来てくれたのかなっていう」

自虐的なことを言ってみたが、まるで聞こえていない様子。

「こここ、これっ!あとで読んでくださいっ」

半ば押し付ける形で渡されたのは、シンプルなデザインの1枚の手紙。

小さい文字だが、表の面にはっきりと『九城先生へ』と書いてあるのが見えた。

もしかして、ファンレターってやつなのだろうか。

「おお、ありがとう。今日帰ったら読ませて貰います」

そう言うと、彼女の表情は少しだけ明るくなった。

こくこくっ。頤だけを揺らして何度も頷く。子犬みたいな反応だ。

「じゃあ、私はこれでっ」

慌てて立ち去る名も知らぬ女性。

「え……あ、はい」

人ごみに紛れてすぐに見えなくなる。

どうせならもう少し話したかったな。だってヒマだし。

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