育ての親と
物心つく前に亡くした母親に代わってずっと面倒を見てくれたのは、父親の再婚相手である「由香さん」。すっかり夜も更けた頃合、以前から密かに恋心を抱いていた義理の母親と二人っきりになって……。
物心ついた時にはもう、母さんは居なかった。
一応、気になって聞いてみたことがある。
「……事故で亡くなったんだ」
何度か聞いてみたが、親父はそれしか言わなかった。
ふん、と鼻を鳴らして自室に戻る大きな背中からはいかにも、今機嫌が悪いですよー、といった雰囲気が感じ取れる。
まあ、わざわざ実の息子に嘘を付く理由もないだろうと思ったし、俺の方としても別段はっきりさせないと困る訳でもない。
そう、困ることなんて何一つ無かった。
だって俺には「もう一人の母さん」が居たから……。
「……入ってもいいかな?」
聞き慣れた女性の声がドアの向こうから聞こえてくる。
由香さんのことだから尋ねる前にノックもしているはずだが、少々考え事に夢中になってしまったようだ。全然気付かなかった。
「ダメなわけないでしょ。どうぞ」
言いながら、寝転がっていた体をベッドから起こす。
こんな夜中に彼女が訪ねてくるのは、珍しい。実を言えばそろそろ明かりを消して寝ようかと思っていた頃だった。
「あ。楽にしてていいよ」
立ち上がって出迎えようかと思ったが、その前にドアが開かれる。
由香さんが左手と首を軽く左右に振ると、追従するように長い紫色の髪も揺れた。
きっと手入れとか大変なんだろうなぁ……。
「お疲れ様、大変だったよね」
「んー……」
両手をベッドに付いたまま思い返す。確かに、ここ一週間は慌しかった。
入院していた親父の容体が先週の頭に急変して、そのまま……。
今は、どういう顔をすればいいのか分からないでいる。
「りょーくん」
「んん?」
ストレートに名前を呼ばれた。
俺ももう今年で22なのにその呼び方はどうなのかと内心思っていたりするが、まだ口に出せずにいる。
一回り歳上の由香さんからすれば、実際まだまだ子供なのだろう。
「ちょっと気分転換でもどうかなっ」
「気分転換?」
両手で持っていた黒いボトルを見せつけながら、明るい口調でそう言った。
ボトルの下の方に張ってある白いラベルには外国語で何か書かれている。
「赤ワインなんだけど……余ってるから飲まない?」
正直意外な申し入れだった。俺も由香さんも家で酒を嗜んだりする人間じゃないからだ。
しかしながら、宝石のような瞳で伏し目がちにじっと見つめられてはどうすることもできない。
その程度は些細なことだ。
「いいよ」
「やったっ」
不安そうだった由香さんの表情が綻ぶ。嬉しそうにしているのを見ると、自然とつられて笑顔になれた。
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