不出来な器
陶磁器店・ささやの長男である笹本竹彦(ささもと たけひこ)は幼馴染みである桐谷紗智(きりや さち)と再会する。ささやを継ぐつもりがなく、また確かな目標もなかった竹彦は、喫茶店開業向けて邁進する紗智の姿を見て……。
「ごめんください」
暇を持て余していた笹本竹彦(ささもと たけひこ)は、声に反応して立ち上がった。
陶磁器・ささやと記された前掛けを軽く払い、竹彦は商品棚の向こうにいる女性に小さく会釈する。
「いらっしゃい」
そう言いつつ、竹彦はざっと女性を観察した。すらりとした小ざっぱりした印象の女性で、化粧は薄い。着ているものも清潔そうなシャツとパンツで、一見した感じでは職業が分からない。持ち物も小さなバッグだけで、少なくともセールスの類ではなさそうだ。変わり種の土産物でも探しに来た旅行者だろうか。
竹彦がそんなことを考えていると女性はバッグから名刺を取り出し、彼へ差し出した。セールスの類だったかと、勘の外れた竹彦は顔をしかめたが、よくよく名刺を見てみれば見慣れた肩書と名前が書かれている。
「商工会の方に紹介されまして、こちらでお話をと」
名刺には商工会の肩書と飲食部組合長の名前があった。組合長の一見して人好きのする風貌を思い起こし、竹彦は苦虫を噛み潰したような顔になる。面倒ごとを押し付けられた気配を察し、竹彦は組合長の狸親爺を内心で罵った。
「で、話っていうのは?」
名刺を相手に返して、竹彦は渋々ながら用件を切り出す。
「今度、新しく始める喫茶店で使う食器の相談に伺ったんです」
「喫茶店ですか。うちは陶磁器を扱ってますけど、洒落たもんは少ないですよ。下手物(げてもの)が殆どですからね」
「ゲテモノですか……? きれいなものばかりに見えますけど」
女性の言葉に竹彦は頭を掻きながら、面倒臭げに言う。
「下手物ってのは、要するに普段使いのシロモノってことですよ。上等な言葉で言えば、民芸品ってやつです」
「ああ、そういうことですか」
納得したふうの女性は一つ頷き、話を続ける。
「私が始めたいと思っているお店は、そういう地元のものを使いたいと思っているんです。よければそういうものを卸して頂きたいんですが」
「金に糸目をつけないっていうなら、上手物(じょうてもの)を誂えてもらうってこともできますよ。時間は貰いますけどね」
「あの、上手物っていうのは?」
「簡単に言うと一品物のことですよ。それこそ上等なシロモノで、馬鹿みたいな値段のついてる茶碗とか、そういうやつです。それこそ格は随分違うが、曜変天目茶碗(ようへんてんもくちゃわん)とか、博物館で見世物になってるものみたいにね」
そう聞いて女性は考え込む。唇に指を当てて、じっと虚空を眺めている。その仕草を見て、竹彦は不意になにかを思い出しそうになった。だが、記憶が確かな像を結ぶ前に女性が口を開く。
「さすがに、そこまで予算はないですね」
「そこらの工場で作ってる既製品が嫌なら、窯元を紹介してオリジナルでも誂えますか? まあ、それでも時間と金は既製品を買うよりもかかりますよ。まあ、門出にはちょうどいいかもしれませんがね」
門出という言葉に女性は不意に反応し、竹彦の目をじっと見つめる。その急な反応に彼は気圧され、誤魔化すように鼻の頭を掻いた。
「……あの、失礼ですが、笹本竹彦さんじゃないですか?」
名前を呼ばれて竹彦はぎょっとした。見ず知らずの相手に突然名指しされ、どこで会ったのかと慌てて脳みそをフル回転させる。だが、仕事で会った相手にしては見覚えがない。
「憶えてないの? 私のこと」
「あ?」
「あんたって、客商売してても変わんないのね」
急にぞんざいな口調になった目の前の女性と、古い記憶が重なって焦点を結ぶ。
「お前、紗智(さち)か?」
中学生の時分以来に見た幼馴染みの顔に指を突き付け、竹彦は眉間に皴を寄せた。
良い話でした。本番シーンに至るまでのストーリーがしっかり描かれていて、話の世界に入り込めました。じわじわ高まっていく二人の感情がリアルに伝わってきて最高です。
まるまる さん 2020年8月4日