不出来な器 (Page 2)
「当たり」
突き付けられた指を払いのけ、紗智はからりと笑う。
先程までのどこかしら畏まった雰囲気が消え去り、二人の間の空気が砕けものになった。
「帰ってきたのか。なんもねぇぞ、ここ」
「知ってる。だから商売始めるにはいいかなって」
「いいのか? 人がいなきゃ儲かんねぇだろ」
「競合が少ないってことでもあるのよ。あんた、ほんとに商売してんの? まあ、ささやは老舗だから、あんま関係ないのかもしれないけどさ」
彼女の言葉に竹彦は鼻で笑う。
「弟が継ぐまでの代理みてぇなもんだからな。まあ、帳簿ぐらいはつけてる」
「は? なんで?」
「別に継ぎたいとも思ってないからな。そんなつまんねぇ話じゃなくて、どうすんだ?」
「どうって……」
戸惑った様子の紗智に竹彦は顎をしゃくって棚を示す。
「あそこにあるのなら数を揃えるのも楽だぞ。在庫もあるし、数次第じゃ今日にでも卸せる」
「オリジナルって、どれぐらいかかる?」
「俺と一緒によく遊びに行ってた窯元は憶えてるか?」
「憶えてる」
「あそこのじいさんなら、多少まけてくれるかもしれん。新しい職人を入れたとか言ってるからな、修行がてら作らせてやるって言えば悪い顔はしねぇだろ」
「私にそれを言えって?」
「めんどくせぇな。ちょっと待ってろ」
そう言い置き、竹彦は店の奥に引っ込んだ。陳列する前の陶磁器の入った箱や資料の並んだ棚の間を抜け、事務所に顔を覗かせる。事務所は八畳ほどの小さなもので、そこでは並んで両親が事務仕事をしていた。
「悪い、ちょっと店空ける」
振り向いた母親が老眼鏡の奥からぎろりと竹彦を睨みつける。
「遊びに行くじゃねえって。紗智、憶えてるだろ? あいつ、今度ここらで商売始めるんだと。それで器探しってから、楠のじいさんの窯に行ってくる」
「さっちゃん!?」
「桐谷(きりや)さんとこの?」
両親は二人して立ち上がり、竹彦を押しのけて店へと行ってしまう。その後ろ姿を見送り、竹彦は前掛けを外して事務所の定位置に置いた。手荷物はいらない。財布も携帯電話もポケットに入れっぱなしだ。
両親の後を追うように店へと出ていくと、随分賑やかになっていた。両親に取り囲まれ、紗智は質問攻めにされている。
「おい、紗智。行くぞ」
「あ、うん。じゃあ、これで」
竹彦の両親に会釈し、紗智が彼に続いて店を出る。その背中に母親から声が投げられた。
「晩御飯うちで食べてきなさいよ、さっちゃん」
適当に手を振って応え、竹彦は紗智を伴って歩いていく。
良い話でした。本番シーンに至るまでのストーリーがしっかり描かれていて、話の世界に入り込めました。じわじわ高まっていく二人の感情がリアルに伝わってきて最高です。
まるまる さん 2020年8月4日