不出来な器 (Page 3)
ささやがある辺りは古い商店が幾つも残っていた。戦前から残っているささやの店舗のような建物もあり、戦後の高度成長期に建て替えられたものもある。高さも大きさもまちまちな建物が肩を寄せ合うようにして、古ぼけた町並み作っていた。
「どのへんのテナントに入るんだ?」
駅前を目指しながら竹彦は何気なく訊ねた。
「この通りの端っこ」
紗智は肩越しに背後を指さす。
「駅前にいくらでもいい場所あっただろ?」
ここ数年で再開発され、小奇麗になった駅前には地元の人間だけでなく、旅行に訪れた者にも使い易い施設が多くある。この土地のものを使った喫茶店ならば物珍しさで旅行者も入るだろう。
「家賃高いのよね。それに自分が住むとこだっているし。私が買ったとこだったら、店舗兼住居って感じで使えるの。まあ、しばらくリフォームしてるからホテル住まいだけどね」
そんなことを話しながらだらだら歩いていると、離れていた年月などなかったように錯覚してしまう。歩いている道のせいもあるのだろうか。子どもの頃から抜け道として使っていた細い小路。そこを大人になった今は少しばかり窮屈な思いをして歩いていく。
左右を挟んでいた建物が途切れ、再び通りに出た。
「あれ? こんなとこに信号あったっけ?」
所々白線が欠けている横断歩道の前で立ち止まり、紗智が訊ねる。
「お前が引っ越した後にできたんだよ。事故があったの憶えてるか?」
「小学生の時だったっけ?」
「この近くの駄菓子屋に子どもがたくさん来てたからな。商工会が金出しあって、市に要請したんだとよ」
「あー、そういえばあったね。あの駄菓子屋ってまだある?」
信号が青色に変わり、二人は横断歩道を渡る。歩きながら竹彦は月極の駐車場を指さした。
「今はあれ」
「潰れちゃったか」
残念そうに言い、紗智は溜息を吐く。
「結構変わっちゃったよね。この町も」
「駅前とか色々な」
言う間に駅前に辿り着き、周囲の雰囲気ががらりと変わる。
二人が今まで歩いてきたのは比較的古い町並みを残している区域だった。それに比べて駅前はどの建物も新しく、人の営みの匂いが薄い。規格製品の如き画一的さと消毒されたような清潔感が漂う。もっともそれは商業区域としての役割がしっかり機能している証左でもあるのだ。
そのひとつであるバスターミナルで目的地へ向けて運行しているバスに乗り込む。二人は子どもの頃から少しずつ、しかし確かに変化した町並みを眺めながら目的地へと無言でバスに揺られる。
良い話でした。本番シーンに至るまでのストーリーがしっかり描かれていて、話の世界に入り込めました。じわじわ高まっていく二人の感情がリアルに伝わってきて最高です。
まるまる さん 2020年8月4日