不出来な器 (Page 4)
終点で二人を降ろし、バスは再び町へと戻っていく。その後ろ姿を見送ることもせず、竹彦は歩き出した。その後ろを歩く紗智は驚いた顔で周囲を見ている。
それもそうだろう。竹彦と紗智が遊びに来ていた頃とは、様相があまりにも違う。小さな集落と山間にぽつぽつとやきものの窯があるばかりの素朴な場所だったのだ。それが今や土産屋ののぼりが立ち並び、やきものを観光資源として売り出すための施設がでんと構えている。
「なんか……すっごい変わってない?」
「まあな」
駅前の再開発に合わせ、この土地に根付くやきものを観光資源としてアピールするために十年単位で時間をかけ、現在の形になったのだ。開発が始まったのは、紗智が引っ越していったのと同じような時期だった。
そんなふうに思い出し、それでも変わらないものを指さして竹彦は言った。
「じいさんの窯は変わってねえけどな」
彼が指さしたのは山の中腹にある切り開かれた一角だ。そこには家屋と窯、それに関係するものが建っており、物干し台に翻る洗濯ものが妙に牧歌的である。
「あそこは変わってないんだね」
嬉しさを滲ませた声音で紗智は言い、竹彦は鼻で笑って答える。
「頑固爺だからな」
「悪かったな」
背後からしわがれた低い声で言われた。振り返ると背の低い老人が竹彦を睨んでいる。眼光鋭く小柄だというのに、やたらと迫力があった。
「タケよ、店番はいいのか? 頑固爺のとこで油売ってる暇なんてありゃしねぇだろ」
「仕事だよ。紗智のこと、憶えてねぇか? ガキの頃、一緒に遊びに来てたろ」
「あ?」
眉根に皴を寄せ、目を細めて老人は紗智見つめる。はたから見ると睨んでいるようだが、この老人は昔からそうだった。
紗智はにこにこと笑いながら会釈をする。
「ご無沙汰してました、桐谷紗智です。実はお願いがあって、お伺いしました」
「あぁ、タケと一緒にちょろちょろしてたお嬢ちゃんか。久しぶりじゃねぇか。それに俺にお願いなんぞ、どういう風の吹き回しだ?」
「長くなるからあっちで話させてくれよ」
「しょうがねぇな。茶なんぞでねぇぞ」
「知ってるよ、そんなこと」
言い合いながら老人と一緒に山の斜面をつづら折りになっている道を上がっていく。程なくして三人は老人の住居に辿り着く。表札はなく、木製の看板に楠窯と達筆で書かれていた。
良い話でした。本番シーンに至るまでのストーリーがしっかり描かれていて、話の世界に入り込めました。じわじわ高まっていく二人の感情がリアルに伝わってきて最高です。
まるまる さん 2020年8月4日