箱詰めの天国 (Page 2)
「ありがとう、と言うべき?」
「いいえ。仕事です」
きっぱり言い、男は初めて女を真っ直ぐに見据えた。
男と、女の視線がぶつかる。
無表情に見つめ返していた男へ、女が同じく無表情で顔を近づけた。二人の鼻先が微かに触れ合う。形の良い鼻梁を猫のように女は摺り寄せ、染み一つない額を合わせる。お互いの体温と、先程よりも近い距離で視線が交わされた。
その視線は外されぬまま、二人の唇が重なる。
優しげな、触れ合うだけの口付け。
そんな口付けの最中にも二人は目を閉ざさない。
まつ毛が触れ合うような至近での短い接吻を終え、二人の顔が再び離れる。
「キスの時は、目を閉じて」
「どうしてですか?」
「嘘がバレるでしょ? お互いの」
「嘘ですか。俺はあなたの嘘を見抜けはしませんよ」
「……騙されてくれるの?」
「あなたの演技なら、誰でも見惚れるでしょう」
女は僅かな時間だけ表情を曇らせる。だが、それも柔らかな微笑に塗り替えて言葉を紡ぐ。
「じゃあ、あなたの嘘は?」
「意味のない嘘はつきません」
「嘘に意味なんて必要?」
「俺の場合は」
「それが、あれ?」
女は視線で作業机の上にあるミニチュアを示す。
「そうでもあるし、そうではないかもしれません」
「なぞなぞは嫌いよ」
「そんなつもりはないんですが」
男は視線を伏せ、黙り込んでしまう。女はそれを見て、苦笑する。
「怒ってるんじゃないの。私、あなたが作る舞台、好きなの。だから、聞いてみたくなっただけよ」
相手の首筋に鼻先を寄せ、女はなぞるように唇を動かし、声を放つ。
「舞台美術っていうけど、あなたが作ったものを見て初めて意味が分かった気がする」
「ありがとうございます」
首をくすぐられ、男はむず痒い顔になる。
レビューを書く