箱詰めの天国 (Page 3)

「私はね、あなたがつくった美術品の中で、いつでも、どこにでも行けるの。古代の神殿や中世の売春宿、現代の東京の街角、それに一万光年先の宇宙船にだって乗れる」

「あなたは……、不思議な人です」
「そう?」

「そうです。ただの大道具に執着している」
「違うわ、私はね。大道具じゃなくて、大道具係に執着してるの」
「……なぞなぞは嫌いじゃないんですか?」
 女は呆れた顔をして、椅子へ座っている男の膝へ跨った。それから彼女は男の顔を両手で掴み、真っ直ぐに自分へ向ける。
「月が綺麗ですねって、殺し文句はご存じ?」
「いいえ。知りません」
「あなたを殺してやりたいわ」
「本当に殺したいのなら、どうぞ。あなたなら、いいですよ」

 ずるり、と女の手が男の顔から滑り落ちる。そして、彼女は男の胸へ額をぶつけた。男へ抗議の意味を込めて少々強くぶつけたが、彼はびくともしない。

 コチコチと時計が動く音だけが二人の呼吸の音と混ざる。どちらも口を閉ざし、じっとしていた。

「あなた、古い木の香りがするのね」
「嫌ですか?」
「いいえ。好きな香りだわ」

 一度は落ちて行った女の手が再び持ち上がり、男の首に巻き付いた。胸元から離れた彼女の顔が、今度は男の頬の辺りへ近づく。そして形の良い鼻を動かし、女は香りを嗅ぐ。

「あなたは、甘い匂いがしますね」
 男も女と同じように鼻腔へと相手の匂いを取り込んだ。
「子供みたいに?」
「いいえ。もっとすっきりしていて軽やかで、雨上がりの花を想像します」
「それはどんな花なのかしら?」
「分かりません。きっと、あなたに似た花はないはずです」
「……褒めてくれているのかしら?」
「褒めていますよ」

 だらりとしていた男の腕が持ち上がり、節くれ立った手で女の艶やかな髪を撫ぜた。無骨な指が間を通り抜けても、女の錦糸のような髪は引っかかることはなかった。

「じゃあ、その花に棘があるか確かめてみる?」

 女の鼻先が男の頬から離れる。そして、彼女は瞳を閉ざし、顎を微かに上げた。
 男は微かに戸惑いつつも同じように目を閉じて女と唇を重ねる。ゆったりとした口付けで、柔らかな唇の感触を感じ合った。
「んぅ」
 唇が上下に割れ、女の甘く濁った声が零れる。男の唇を啄まれたからだ。痛みはなかった。痺れを伴った感触があるばかりである。しかし、その痺れは切ない疼きへと時間を置かずに変わってしまう。

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