陽炎 (Page 3)

「大丈夫でしょうか」
 言われ、清一朗は少しばかり考え込む。

「あの」
 おずおずと清一朗は思いつきを口に出す。
「よかったら、なんですけど。半分、西瓜を貰ってはくれませんか」
「西瓜を?」
「はい。祖父に持っていこうとしていたんですが、食べきれないのではないかと今更思ってしまって」
「まあ。いいのですか? こんなに立派なのに」
「助けてもらった上に図々しいお願いで、すみません」
「いえいえ、とんでもない」
 両手を顔の前でぱたぱたと振り、娘は慌てた口調で答える。

 再び娘の手へと西瓜が渡り、再び戻ってきた時には西瓜は半分よりやや大きい程度になっていた。
 切断された西瓜の断面を上にして清一朗は娘の家を辞去し、祖父の住まいへとやっとたどり着く。予定していた時刻よりも少々遅くなってしまったが、彼の祖父は笑顔で出迎えてくれた。

「おお、おお、清一朗。よく来たな」
 顔の皴を深くして祖父は清一朗を招き入れる。
「じいちゃん、西瓜好きだったよね」
「好きだ。すぐ切ろう」
「冷やさなくていいの?」
「いい、いい」

 祖父と二人で台所に並び、西瓜をいい加減に切り分けた。祖母は他界しており、古い住まいに一人で祖父は暮らしている。大雑把ながら自炊をしてきた男の手付きは、やっと一人暮らしを始めたばかりの清一朗よりも、よっぽどしっかりしていた。

 居間で卓袱台を挟んで西瓜を食べる。
 しゃくしゃくと西瓜に齧りつく音が二人の間を行き来し、時折種を皿の上に吐き出す硬い音が落ちた。
 そうして西瓜を食べ、大学のこと、家族のことなどを話していると、夏の長い日もいつの間にか暮れている。

 祖父が居間の電灯を点けるために立ち上がったことを契機に、清一朗は帰宅することにした。夕食を食べて行けと言われたが、帰るのが面倒になるからと辞去する。

 帰り道で、ふとあの娘の家はどこだっただろうかと清一朗は思う。

 周囲をそれとなく観察するが、昼と夜では町の表情は少しばかり違い、どうしても見つけることはできない。そうこうする内に駅に着いて、切符を買うことになった。

 帰宅して短い時間だけ机に向かい、眠り、そして清一朗は目覚める。
 何も変わらぬ毎日が展開され、西瓜を持ってあまりにも暑い街路を歩いた日は背後に遠のいていく。

 大学が夏休みになり、帰省するかと実家から問われ、僅かに迷った清一朗は残ることに決める。

 理由は簡単だった。
 祖父の家へと行くためだ。

 一人きりで寂しい思いをしているだろうから。そう家族に伝えると納得され、手土産でも買うようにと少々の色を付けた仕送りを約束してもらった。そのことに僅かばかりの罪悪感を抱きつつも、清一朗は有難く受け取ることにする。

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