陽炎 (Page 4)
夏休みになってからはアルバイトをそれなりにこなし、できる限り清一朗は祖父の住まいへと足を向ける生活を送った。
祖父は気にすることはないと笑ったが、それでも喜んでくれる。
だが、清一朗はいつも時刻を約束せず、気ままに立ち寄るふうを装った。
そうしておけば遅れたとは思われないからだ。
いつものように、ふらりと清一朗は街路を曲がる。
真っ直ぐに祖父の住まいへは向かわない。気になる曲がり角へ足を向けるのが清一朗の習い性となっていた。
朱夏にあてられていると、火に炙られた紙片のように意識の端の方が捲れあがる。するとその下から現れるのは、あの娘の顔だ。
祖父の家、というよりも清一朗は、あの日助けられた娘の家へと通い詰めるようになっていたのである。
幾度も会っているうちに親しくなり、彼女の名前が清子(きよこ)といい、兄が二人に、弟が一人いると知った。
清子の住まいへ行くのは――、いや、行けるのは決まって炎天下での日である。
世界の輪郭が溶け崩れてしまうような猛暑で、右も左も曖昧模糊として清一朗の歩いている地と、ぎらついた凶暴な太陽がある天だけが確かにある。そんな日だけ、ふらふらと熱病に浮かされる足取りで、清一朗は辿り着くのだ。
乾いて張り付いた喉に、清子が差し出す一杯の水を通す。その瞬間。目が覚めたような心地で清一朗は、彼女とのひと時を過ごしていた。
ある日のこと。
雨こそ降っていないが空は終日ぐずついていた。肌を蝕むような湿気がねっとりと不快な熱を孕んで幾重にも纏わりつく。
涼を求めて清一朗は氷菓子を手土産に祖父の家を訪ねていた。
何事もなく辿り着き、二人で氷菓子を食べるばかりでなく、そのまま昼も夜も馳走になってしまう。煮え切らない空模様のせいか、だらだらと男二人で過ごしてしていた。
居間でぬるい扇風機の風を浴びていると、祖父が大ぶりに切った西瓜を持ってきた。
「じいちゃんは、本島に西瓜が好きだね」
呆れつつ清一朗は笑った。
「暑いときはこれに限るだろ」
掠れた声で祖父も笑い、再び二人は卓袱台の差し向かいに座る。
よく冷えた西瓜の甘みが口の中で広がり、その時ばかりは頭の上にのしかかっていた湿気が退散したかのようだ。
「そういえば」
清一朗は種を吐き出し、祖父に訊ねる。
「じいちゃんは、どうして西瓜が好きなの」
「どうしてだろうな。一等上手い西瓜を知ってるからかもしれん」
「へえ、そんなに美味い西瓜を食べたことがあるんだ」
「姉貴がくれたことがあってな。どこで貰ったんだか知らんが、二人で食ったんだ。親父には内緒だって笑ったのを、今でも憶えてる」
「ふぅん」
大叔母がいたという事実を清一朗は初めて知った。会ったことどころか、存在すら知らなかった。
「その人、今はどこにいるの」
「さぁ、な」
歯切れの悪い祖父の答えに、亡くなっているのか、と清一朗は察する。話題を変えるべきか、と清一朗は考えたが、祖父は遠い目をして宙を見つめた。
「あの頃は女の結婚は親が決める、なんてのは珍しくもなかったんだ。だけど、姉貴は嫌だったんだろうなぁ。惚れた相手でもいたんだろう」
しゃく、と音を立てて祖父は西瓜を齧った。
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