陽炎 (Page 5)

 結末はどうなったのか清一朗は問わなかった。幸せな結末になったとは思えないからだ。
 西瓜を二人とも食べ終わると、自然と帰宅する雰囲気になっていた。

 ぶらぶらと大叔母のことを考えながら清一朗は帰路を歩む。
 気温は幾分か下がっていたが、湿気は相変わらずだ。蛞蝓が体の上を這いまっているような、そんな気色の悪い空気が街路に澱んでいる。

 自然と清一朗は首を垂れるように歩いていた。
「清一朗さん」
 はっとして顔を上げると、生垣の向こうで清子が手を振っている。

「清子さん」
「どうしたんですか? お加減が悪いの?」
「あ、いや。そういうわけでは」
「思い詰めたようなお顔だったから」
「そんな顔をしていましたか」
 自分の頬を掌で撫でて清一朗は生垣の向こうに立っている清子を見つめた。

 日が暮れてから彼女に会うのは初めてだ。明るい日差しの下で見るのとは、やはり印象が変わる。純朴で素直そうな娘だと思っていたが、夜の陰を案外彫りの深い整った面差しに添えている清子には静かな美しさがあった。
 また、普段と違って見えるのは浴衣を着ているせいだろうか。帯を締めているため、彼女の腰から尻にかけての線がはっきりと意識される。
 清子に女を見て取った自分を恥じ、清一朗はそっと目を逸らす。

「大叔母のことを考えていたのです」
「大叔母様?」

 清一朗は祖父から聞いた大叔母の話をした。
 望まぬ結婚。
 消息。
 追憶をなぞる祖父。

 じっと話を聞いていた清子は、ふっと溜息をついた。
 清一朗と目が合うと彼女は眉を八の字にして切なく笑う。清子のそんな顔を知らなかった清一朗は狼狽した。清子は明るく笑う娘であったから、そんな愁いを帯びた顔をするなど考えもしなかったのだ。
 だが、その憂い顔を見た彼の胸は一つ音を高くしていた。

 どちらからともなく、二人は手を伸ばしている。夕顔が蔓を夜気に伸ばすように、するすると二人の手が触れ合い、指を絡め合う。
 交差する視線がゆっくりと近づいた。
 揃って目を閉じ、生け垣の上で上体を傾ける不便な姿勢で、不器用に唇を合わせる。
 唇と唇が触れ合うだけの接触。しかし、その行為は不可逆な関係性の変化を双方にもたらしていた。

「あたし、お見合いをしたんです」
「っ……」
「相手方の家柄も良くって、あたしには勿体ないくらいの縁談なんですよ」
 清子は目を伏せ、清一朗の手を握ったまま告白する。

 どちらの手だろうか。
 震えていた。

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