感染型・共感症候群
Uターン帰省で実家を継ぐことになった照井。40代も後半に差し掛かった照井は、新たな趣味として映画館で過去の名作を楽しんでいた。ふとしたきっかけで、上映中に居眠りをしてしまった照井。目を覚ますと隣の席の見知らぬ女性が、まるで映画の登場人物の様に、自慰にふけっていた…。
「ほぉ…こんなシステムがあるのか。」
たまたま立ち寄った大型スーパーに併設する映画館のポスターに足を止める。
『朝6時からの鑑賞会。蘇る在りし日の名作映画達!』
そこには、40代も半ばの私がかつて憧れた数々の名作タイトルが日替わりで並べられている。
「毎日日替わりで映画が観られて…料金は…ほほう、1ヵ月間のフリーパスなんていうのもあるのか。」
(映画など、とんと見ていないからな…。ましてこんな何十年も昔の作品が映画館で見られるとは…。)
昨今の映画業界も集客に必死と言うことなのだろう。作品を見るだけならネットの定額制サービスで十分なのだからな。
映画館という閉鎖された空間で、他人同士が作品に対する意識を同調させる。
それは一人暮らしの自分の部屋ではとても実現する事ができない事だ。
「1ヵ月だけ試してみるか…。」
*****
ポスターに惹かれるまま、初めてこのシステムで映画館に通い始めてから、すでに3三回目のフリーパスの更新だ。
一日の活力というか、名作に触れる時間と言うのはこうも人間の生き方を換えるものなのか。
今の私は、大学卒業後長年勤めた商社を退職し、フリーランスの自営業をしている。
都会の目まぐるしく流れる時間から抜け出し、自分の時間を作るため…と言えば聞こえがいいかもしれないが、現実は親の家業を継ぐためにUターン帰省をしただけだ。
生活に不満はないが、独身生活も長引くと新しい出来事に触れる機会も少なくなる。
『Every day’s the same.』
日常的にこんな英語が浮かんできてしまうのも、名作と呼ばれた作品達のおかげだろう。
私は映画館に着くと、更新したばかりの真新しいフリーパスチケットを女性従業員に見せ、3番シアターへと向かう。
3番シアターは全部で9つあるスクリーンの中でも1番大きい。
普通ならもっと最新の作品を流すべきなのかもしれないが、残念な事に3番シアターには4Dと言った最新の技術を使った音響設備が無い…。
その為、少し品質の落ちる今回の様なリマスター版を流す専門のシアターになってしまっているのだ。
(それでも、このシアターの快適差は格別だと思うがね。)
シアターの重い扉を開け、閉ざされた空間の中へと足を踏み込む。
(おお…毎日見ているのだが、目の前に広がる大きなスクリーンは思わず見上げてしまうものだな。)
ほんの数秒スクリーンを見上げていると、後ろから女性に追い抜かされた。
「ああ…失礼…。」
軽く会釈をし、謝罪の言葉を述べる。通路を塞いでしまっていたようだ。
目線をそのまま座席へとずらし、指定した席を探す。
(今日は先客がいるようだ…珍しい。)
朝早いと言う事もあって、この上映会を利用する人間は限られている。平日の朝ともなれば私一人で映画を見ていることも…。
このシアターの中は、前後左右の通路の区切りで大きく12のブロックに分かれており、それぞれのブロックにアルファベットが割り振られている。
もちろん普通なら作品の見やすい中央のブロックに座るだろう…今も数人の女性がそこに座っている。
しかし、玄人である私は、敢えてそこを避ける。
スクリーンを真横に横切り、入口から最も遠い、右端の後列に座る事にしている。
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