恋に切り札はない (Page 2)

 それから数日が過ぎ、大吾は日々の忙しに揉まれ、ホビーショップでの出来事などすっかり忘れていた。

 何しろ重大なプロジェクトのメンバーになり、他社との打ち合わせや社内での折衝などやることは山積すれども、減る気配は一向にないのである。大吾は表に出さないように心がけているが、肉体的精神的な疲労が募るばかりだった。

 しかも、そういう時に限って知りたくもないことを知るものだ。

「――って、結構いいよね」

「分かるわー、顔がいいだけの男は結構いるけど、仕事もできるしねぇ」

「フリーかな?」

「アンタ、狙ってんの?」

「彼女の話とか、全然聞かないじゃん」

「趣味とか超渋そう。ビリヤードとか、あと読書系っぽくない?」

「分かる」

「でも、アンタどれもできないじゃん」

「えー、優しくリードしてくれそうじゃない? 染谷さん」

 社内にある休憩スペースで声高にされる会話に大吾は頭痛すら感じた。

 少しコーヒーでも、と考えての行動だったが、裏目に出てしまっている。休憩しながらトレカの構成や積んでしまっているプラモデルのことを考えたかったというのに。

 子どもの頃から大吾は大人びていると思われがちだった。それは容姿のためでもあったし、年齢以上に言動がしっかりしていることも大きな要因だっただろう。

 そんな大吾の好きなものを聞くと大人たちは驚き、意外そうな顔をした。大人だけでなく、同年代の少年少女も同じような態度をとった。幼少期から度々そういったことを繰り返し、大吾はいつの間にか自分の内心を隠し、他人が見て納得するような言動を心がけるようになっていったのである。

 それは社会人となった現在も同じだ。

 むしろ、徹底して隠している。プライベートは殆ど同僚に見せないし、理解を求める気もない。

 休憩を諦めた大吾は足音を殺して立ち去り、オフィスに舞い戻る。

 パソコンをチェックし、今日の予定も再確認する。この後は他社との打ち合わせが一件あり、そのために相手方の所まで出向く必要がある。生憎と直帰できる類のものではないので、終わり次第帰社しなくてはならない。

 時間には余裕があるが、社外へ出たい気分だった。そんな時、打ち合わせのため社外へ出ることができるのは本当にありがたい。

「A社さんとの打ち合わせに出ます」

 上司に報告し、必要のものを持って大吾は外へ出た。そのまま何事もなく目的地へ到着し、彼はネクタイを軽く締め直して取引先の社屋へ足を踏み入れた。受付で社名と用件を伝え、担当者を呼んでもらう。

 少し待つと担当者が現れ、大吾を会議室へと案内した。何食わぬ顔をして、大吾は後をついていったが、内心はかなり動揺していた。

 何しろ現れた担当者がホビーショップで、大吾がカードパックの購入を助けた女性だったのだ。お互いに何食わぬ顔をしているが、大吾は冷たい汗が背中を這うのを感じる。

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    匿名 さん 2020年7月8日

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