恋に切り札はない

　染谷大吾(そめや だいご)はトレーディングカードゲームの新作カードパックを手に取った。

　馴染みのホビーショップにはトレーディングカードゲーム――いわゆるトレカだけでなく、フィギアやプラモデル、ボードゲームなども並んでいる。好きなものに囲まれ、しかもそのことを隠さなくてもいい。趣味を同僚に隠し、精神的に窮屈な思いをしている大吾にとって、この上ない解放感だ。

　カードパック自体は万引き防止とまとめ買いを楽にするため見本が置かれている。子どもの頃のようにカードパックを厳選するような楽しみはないが、それでも好きなものを買う時、しかも新発売のものを手に取る時は大人になっても心が躍る。

「あっ」

　目的のものを手にした大吾が他の商品も見て回ろとした時、隣で小さく声が上がった。思わず目を向けると、彼と同じようなスーツ姿の女性が商品棚を凝視している。

　彼女が見ているのは新作カードパックの棚だ。様々なトレカの新作が並んでいるが、大吾が手にしたものだけ見本がなくなっている。

「あの」

　大吾は思わず声をかけていた。

「在庫があるか、訊いてみましょうか？」

「え？」

「この店は小さいから見本の補充ができてないだけっていうのがよくあるんです」

「俺も、これ買うんで」

　軽く見本を掲げてみせると、女性は分かり易く目を輝かせる。

「ありがとうございます」

「じゃあ、ちょっと訊いてきます」

　レジに行き、顔馴染みの店主に在庫を訊ねると、案の定補充がされていないだけだった。大吾は自分の分を購入し、物ぐさな店長に言われて見本を幾つか商品棚に戻すことになってしまった。気安いのはいいが、客にそんなことをさせるのはいかがなものかと、大吾は苦笑しながら新作のコーナーへ舞い戻る。

　しかし、そこに女性の姿はなく、探すと大吾が先ほど購入したシリーズのトレカコーナーで熱心に商品を見ていた。

「在庫はまだあるらしいですよ」

「えっ、ほんとですか、やった。ありがとうございます」

　大吾が見本を渡すと女性は早速レジに向かう。その後ろ姿を見送り、大吾は微笑ましい気持ちになってプラモデルのコーナーへ足を進めた。