心変わり声変わり (Page 2)
「本当はもっと色々な事を言ってほしいんですが、我慢します。初対面でこんな事をお願いするのは失礼なのは分かってますし」
「まあ、それくらいなら……」
「本当ですか。ありがとうございます!」
静かな場所で録音するため、近くの公園に移動した。スマホに録音し終えると、的場は一万円を鈴に手渡して笑顔で去っていった。
残された鈴は手の中の一万円を見つめた。
「私の声ってそんなに価値があるのね……」
「ねえ、私の声ってどう思う?」
その晩、鈴は夫に尋ねてみた。
「どうって?」
「魅力的だって思う?」
「普通じゃないか?」
「普通……」
「それより、明日飲み会があるんだ。ちょっと足りないから……」
「はいはい、財布に足しておくわよ。飲み過ぎないでよ」
夫の財布にお札を足そうとして、手を止める。新品でしわのない一万円札。
夫はもう、結婚前のように特別扱いしてくれない。まるで家政婦になったかのように感じる時があった。鈴も仕事をしてるのに、家事の負担は鈴が大きい。本来、夫婦は対等であるべきなのにとイラ立つ事が多くなった。
だから、忘れ物を届けた時に「いってらっしゃい」ではなく「さようなら」と言った。
離婚するまでには気持ちは固まってないが、不満は日々つのっていた。
「何をするにしても、お金は必要よね」
「嬉しいです。もっと録音していいなんて」
的場が満面の笑みを浮かべている。
名刺のアドレスにメールして、カラオケボックスで待ち合わせた。仕事に行く時や夫と出かける時より入念に化粧してきた自分を内心恥ずかしく思いながら髪をいじる。
「まあ、私もお金は欲しいし……」
「はい、構いません」
「どうします? 歌いましょうか?」
「あ、いえ。セリフでお願いします」
「分かったわ。なんて言えばいい?」
「えーとまずは、『お仕事お疲れ様、えらいね』ってお願いできますか」
それから、励ますような当たり障りのないセリフをいくつか録音した。
「これくらいでいいかしら?」
「あと……もし言ってもらえるなら、『的場さん好きです』ってお願いできますか」
「いいわよ」
軽く咳払いしてから鈴は言った。
「的場さん、好きです」
的場がうっとりと目を細めた。
心の底から幸福だと思っている表情にドキリとする。
「なんなら……もっと言いましょうか? もっと際どいセリフもいいですよ」
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