見知らぬ自分と妻 (Page 3)

「ただ、それよりも、もっと確実な確認方法がありますよ」
「なんですか?」
「客観的事実です。それがあれば私もあなたも納得できる」
 田幡の瞳がぴたりと動きを止め、困惑する楠田を捉える。
 その視線に縛られたように楠田は身動きも取れず、唯々諾々とそれ以降の田幡の指示に従うことになったのであった。

 それからさらに十日程が経過し、楠田は以前と同じようにインターホンを押す。すると誰何されることもなく、玄関が開き相変わらず性別不詳の美貌が現れる。

「お待ちしてました」
「はあ……」
 十日前よりも肉が落ちた頬の汗を拭い、楠田は気の抜けた返事をした。促されるままに部屋へ入り、前回と同じ場所に腰を下ろす。
 前回と差異があるとすればエアコンのリモコンだけでなく、テーブルにノートパソコンが置かれていることだけだ。

「お宅に仕掛けたカメラの映像を確認する前に、ひとつだけ」
「なんでしょう」
「できるだけ冷静に見てください」
「……分かりました」

 相手の真意も分からないまま、楠田は形ばかりの同意を示した。
 田幡がノートパソコンを操作し、ディスプレイを楠田に向ける。画面の中では動画ファイルの再生が始まったところだった。

 室内を斜め上の画角から撮影した映像が流れる。

*****

 ダイニングキッチンは整理されており、小奇麗な印象だ。
 それというのも眞弓は料理に熱心で、色々と器具や調味料を揃えているからである。また、彼女は料理を振舞うことを楽しんでおり、テーブルのセッティングにも抜かりがない。
 据えられたテーブルにはクロスが掛けられ、小洒落た花が活けてある。

 そんなダイニングキッチンで、眞弓はシンクに向かっていた。朝食に使った食器を洗っているのだ。夫とは小型の食器洗浄機の購入を最近は相談している。食器を洗うのは苦ではないが、その分の時間を有意義に使えると考えれば良い買い物かもしれない。

 ふと、気配を感じて眞弓は俯いていた顔を上げる。目の前には幾つかの調理器具が吊り下げられた壁があった。そこに下げられている銀色の調理器具の表面に、彼女の背後に立つ人物の姿が湾曲して写っている。
 首だけで眞弓は振り返った。

 夫はすでに出勤している。だから、この家には眞弓しかいない。
 だが、ナニカが、いる。

 それは眞弓の良く知る人物――夫だった。

 一瞬だけ、彼女の顔は訝しげに歪んだ。しかし、それも一瞬のこと。苦笑し、眞弓は再び食器洗いに意識を移す。
 夫と寸分違わぬナニカを見ても、眞弓はそれを当たり前のものとして受け入れていた。取り乱したり、疑問に思ったりするような情動はない。

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