涙の味は意外と甘い (Page 2)
行為が終わると、瑠璃はいつも湊の手を取って自分の頬に当てた。
湊の手の平に頬を寄せて目を閉じる瑠璃はいつも幸せそうだった。
夫の事をそれとなく訊いても、はぐらかされる。浮気している間は夫を思い出したくないのだろうと、深くは聞かなかった。
*****
その日は水族館に行ってからホテルに入った。
湊の上で体を揺らしながら何かを求めるように手を伸ばす。湊は手を瑠璃の腰から離してつないだ。
指を絡める、恋人繋ぎだ。そうやって深く関われば関わるほど、彼女が既婚者だという事実が重くのしかかってくる。現に今も、指輪が当たって存在を主張している。
不倫相手じゃなく、恋人になりたいと湊は願うようになっていた。
だが離婚してくれとは言えなかった。浮気相手だからこそ、関係を続けていられるのかもしれない。本気になったと分かれば離れていくかもしれない。けれど浮気をしているのだから、夫に不満があるのだろう。
「今度はどこに行こうか……どこか行きたい所ある?」
湊が訊くと、瑠璃は遠い目をして答えた。
「海……」
「海か。水着買わなきゃな」
「泳がなくていいの。足を浸けて歩くだけで」
不倫関係だが、外で堂々とデートしている。バレてもいいと思っているなら、つけ入る隙があるのではと期待してしまう。期待と不安が交互に、あるいは同時にやってくる。
「じゃあ週末にでも」
「いいえ、いいの。また今度にしましょう」
「そう? じゃあ、俺の部屋に」
「それより、観たい映画があるの。今から座席を予約して……」
また、はぐらかされた。不倫だから瑠璃の家に行けないのは分かるが、湊の部屋に来たがらない理由は分からなかった。
*****
瑠璃がふともらした住所を頼りに、湊は住宅街を歩いていた。瑠璃の夫がどんな男か、見てみたかった。
「確か、この辺だよな」
「キャアアッ」
悲鳴が上がった。見ると、30代くらいのショートカットの女性が立っていた。右手を口元に当て、左手には食料品の詰まったエコバッグを下げている。
「ゆ、幽霊……」
「幽霊?」
「なっ、南無阿弥陀仏! 成仏して!」
拝みながら女性が後ずさる。
「あの、幽霊じゃないですけど……」
「……え?」
「ごめんなさいね、細川さんにあんまりにも似ていたものだから」
その人は近所に住む主婦で北川と名乗った。近くの公園のベンチに並んで座る。
「世の中には似た人が3人いるって言うけど、本当なのねえ」
「そんなに似てるんですか」
「ええ。ええと、確か写真が……」
スマホを操作して、北川が画面を見せた。
河原でバーベキューしている写真だった。数人の男女とともに瑠璃と、寄り添っている男が映っていた。
10年たてば、自分はこんな風になるのではないか。そう思うくらい、男は湊に似ていた。
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