涙の味は意外と甘い (Page 4)
「駄目かしら?」
甘えた口調に、湊は思い知った。
夫は、こんな風に慈しむように抱く人だったんだ。
知りたくなかった。だけど、知ってしまったからにはもう、知らなかった頃には戻れない。
「その記憶は別人で上書きすべきじゃない」
頬から手を離して湊は起き上がった。
「何を言って……?」
瑠璃も起き上がって胸をシーツで隠した。
「俺は、君が愛している人じゃない。これからも旦那さんを愛してあげてほしい」
瑠璃がこぼれ落ちそうなほど大きく目を見開いた。ボロボロと大粒の涙がこぼれる。湊は細い肩をそっと抱き寄せ、長い間そのままでいた。
数日後、湊は一人で海に出かけた。もしかしたら出会うかもしれないと思ったが、瑠璃はいなかった。
あの日から瑠璃とは連絡を取っていない。
北川からのメールによると、元気でいるらしい。
湊は靴を脱いで海水に足を浸けた。
どうしようもない気持ちが込み上げて、濡れるのもかまわず膝をつく。海水を手ですくって顔に何度も叩きつけた。
肩を震わせながら、湊はつぶやいた。
「……しょっぱい」
海水の容赦ない塩辛さに、優しい甘さが混じり落ちていった。
(了)
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