眠り姫に聞こえないように (Page 2)
ドアを開けると、人の体臭と、埃、湿気の微かな湿気な混じった空気がゆらりと流れ出てくる。遮光カーテンが引かれた室内は真っ暗だ。
彼は後ろ手にドアを閉め、手探りで照明のスイッチを押した。玄関を照らす明かりが伸びて、フローリングの床で反射する。玄関とリビングを仕切る扉は開いていた。リビングに彼よりも早く到達した明かりは、扉から細長く室内を両断する。
その明かりの端に細く白い足先が触れていた。
「おはよう」
リビングの奥から尖った声が藤一郎に向けられる。
「何日ぐらい?」
藤一郎はスニーカーを脱ぎ、三和土から室内へと踏み入れつつ訊ねた。
「三日」
返って来た答えに彼は眉をひそめる。
長方形の明かりに自分の影を伸ばしつつ、藤一郎はリビングの入り口に立った。
リビングはモデルルームのように洒落た雰囲気で、調度品も値の張りそうなものばかりだ。そんなリビングのソファの上に、ブランケットを羽織り、膝を抱えた若い女が一人いる。じっと藤一郎を見つめる彼女の顔は、暗がりの中でも顔色が悪いのが分かった。
「電気、点けない方がいい?」
「パソコンずっと見てたから、暗い方がいい」
「相変わらず忙しそうだね」
皮肉っぽく藤一郎は口の端を持ち上げ、リビングに入ると女の隣に腰を下ろした。そんな彼の鼻先を彼女の体臭が掠める。嫌な臭いではない。花や果実とは違う、少し甘い香りだった。
薄っすらと隈の浮いた目でじろりと女は藤一郎を睨む。目が据わっていた。
彼女の青褪めた顔を見て、藤一郎は皮肉から苦笑へと笑みの色取りを変える。
「とりあえず、する?」
「先にシャワーを浴びたいわ」
ふらりと立ち上がった女と一緒に藤一郎もソファから腰を上げた。背中に軽く手を添えて倒れないようにしてやる。細い背中の真ん中にある背骨の硬さがやけに気になった。
「……痩せた?」
「さあ? うちには体重計がないから」
バスルームに辿りつくと、藤一郎はテキパキと女が着ているものを脱がせていく。薄手のTシャツ、皴が寄ったラップスカート、そして上下の下着も脱がせ、全裸にした。
女の痩身は若々しく張りがあるものの、不健康な肉付きの薄さが目に付く。
「痩せてるよ」
藤一郎は溜息と共に告げる。
「いいじゃない。男は、痩せた女が好きなんでしょ?」
「美醜の価値と基準は、時代と教育で変わるとか、絹代(きぬよ)さんが自分で言ってなかった?」
「言ったけど? 現代の男はって注釈がいる? それとも藤一郎はたっぷりと脂肪細胞を膨らませた女が好みなの?」
「不健康な痩せ方をしてるって話」
「食欲もないんだから、しょうがないじゃない」
言い訳と藤一郎を脱衣所に残し、絹代はさっさと浴室に入っていった。
良い話だ……心があったまる
もちち さん 2023年3月11日