熱帯暗夜 (Page 3)
お茶のペットボトルをコンビニ袋から取り出し、伸晃は何気ない口調で問い返す。
「私? 私は……。そうね、あまり変わらないかもしれないわ」
「そうですか」
素っ気ない声で返し、伸晃はペットボトルを開けようとしていた手を止める。
「伸晃君はどうなの?」
「変わらないですよ。怜子さんと初めて会った時から」
ペットボトルに落ちる自分の影に、伸晃は初めて怜子と会った時のことを幻視した。
父親の再婚相手として怜子を紹介されたのは、大学の夏休みに帰省していた時のことであった。初めは若作りなのかと思ったが、実際に伸晃とは十歳程しか変わらない女性であると知り、伸晃は二度驚いたものである。
そして、近々親子になる三人で親睦を深めるため、と伸晃の父親は怜子を休暇中に滞在させた。
残暑の厳しい年だったと伸晃は憶えている。
昼間は夏の気配を色濃く感じ、熱帯夜が続いていた。
実父と、年の近い義母。
その奇妙な三人での生活は、伸晃に妙な感慨を抱かせた。彼は物心ついた頃には、すでに父親と二人暮らしで、離婚した実母のことは面影すら憶えていない。そんな彼にとって、義母とはいえ異性と生活空間を共にするのは、奇妙な違和感があったのだ。
むず痒いような異質な感情に体の内側を撫で続けられるのは、違和感はあっても嫌悪感はない。
そんなふうにして違和感と感慨とを持て余し気味に休暇を過ごしていた。
ふっと、照明が瞬く。
ペットボトルを見つめていた伸晃は現実に引き戻され、天井を見上げる。
予感が脳裏にちらつく。
「あの時と、同じだ」
伸晃の呟きに触発されたかのように照明が落ちた。
エアコンなどの電化製品が全て停止し、窓を叩く雨の音がやけに耳につく。耳朶を打つ雨音と風切り音に縛られたように二人揃って身動きが取れない。
ふわりとベッドの傍の床が明るくなった。
さらに出入り口のドア付近も足元が明るくなる。
非常灯だ。
「停電ね」
落ち着いた怜子の声音に伸晃は振り返る。
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