ロールプレイ
卒業を間近に控えた演劇部の脚本係・竹野(たけの)と、王子様とも渾名される蓮見(はすみ)。親しい間柄ながらも恋人関係になく、肉体関係にだけある二人。そんな二人は卒業を間近に控え、関係にも変化が現れるのか、それとも……。
誰もが役割を演じている。
家庭で、学校で、職場で、そして恋人の前で。
場面ごとに付け替える役割を演劇の仮面に準えて、ペルソナ、と呼ぶらしい。これが心理学者ユングの用いた概念だと知ったのは、脚本を書くようになってからだ。
竹野(たけの)は元々読書を好んでいた。
本を読んでいれば一人きりの教室で過ごす時間も気が紛れるし、誰かといられないのではなく、一人でいることを選んでいると錯覚できたのである。
だが、その当時に読んでいた本の内容は殆ど憶えていない。内容を憶えているのは脚本係としてのペルソナを与えられてからだ。必要に駆られて次々と本を読み、いつの間にかディティールを良くするため、フィクションだけでなく専門的な書籍にも手を伸ばすようになっていた。
作劇法など知らず、手探りで始めた脚本も卒業を間近に控え、最後の一本が間もなく書き終わる。
部室の隅にある古びたワープロで、何十本と脚本を書き上げた。成功もあれば失敗もあった。いや、むしろ成功した脚本の方が少なかったのだろう。
最後のト書きをキーボードで打ち込み、保存した。頭から通読し、誤字脱字をチェックしてからプリント用紙をセットして印刷開始。
ちんたら印刷しているワープロを横目に、竹野はスクールバッグから水筒を取り出した。水筒の蓋を開けると微かに湯気が立ち上がる。
エアコンどころか、ストーブすらない旧校舎の古い教室はすっかり冷え込んでいて、竹野の鼻の頭は赤くなっていた。
お茶を飲んで一息つくと、目の前の大気が白く濁る。
ちらりで窓の外を見れば、とうに日は暮れておいて空色は茜から紺へと様相を変えていた。
健気にワープロは印刷を続けているが、現行のプリント機器と比べて明らかに遅い。まだまだ時間がかかりそうだ、と竹野は諦めて付けっぱなしのマフラーに顔の半分を埋める。
冬の夕暮れは静かで、ワープロの稼働音以外は静かなものだ。
しばらくぼんやりしていると、足音が近づいてくるのに竹野は気づいた。旧校舎の板張りの廊下は歩くと鴬張りのように鳴き喚くのだ。
程なくして教室の引き戸が音を立てて開けられる。
「やっぱりいた」
そんなことを言いながら姿を現したのは蓮見(はすみ)という背の高い女子生徒だった。
彼女の顔は中性的で凛々しい。そのショートカットと長身も相まって、耽美な少年と青年の間のような不思議な魅力を湛えた役を演じることが多い。
そのせいもあってか、蓮見は女子生徒達からは王子などと呼ばれてからかわれ、あるいは憧れ交じりの熱っぽい視線を向けられている。
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