悲劇のヒロインはどこにもいない (Page 2)
「……あった」
「なに?」
「あんたが、他の女と一緒にいるの見た」
「それだけ?」
「違う。それと、あたしのお母さんのこと」
「僕のお母さんでもあるけどな。まあ、いいや。一個ずつ解決しようか」
暗い顔から一転し、馨は鋭い目で伊織を睨む。
「他人事すぎない?」
「他人事ぐらいでちょうどいいって感じかな」
「あれ、誰?」
「同級生。本屋で会って、話しかけてきたから適当にあしらっただけなんだけど」
「性格悪くない? あんた」
「馨に言われたら終わりじゃない?」
「うっさい、あんたが言うな」
馨は怒り、伊織の肩にパンチをする。
「お母さんのことは?」
「昨日、あんたの親戚に会ったとき、遺産目当てで殺したとか言われてた、あたしのお母さん」
「頭が悪すぎて、どうにもなんないね、その人。現代医療を舐め過ぎだし、ミステリーの読み過ぎ。現実の殺人の割合って、親族がトップなんだって知ってるのかな?」
「それって、お母さんのこと言ってる?」
「父さんが死んだ原因は病気だし、その仕込みができるんなら、馨のお母さんは億万長者だよ。僕の父親と再婚する理由がない」
じっと馨の目を覗き込み、伊織は断言する。
病死としか判断されず、決して誰にも露見することのない殺人が可能なら、職業的殺人者として簡単に利益を得ることができる。もしもそんな方法があるなら、伊織は伝授してほしい。殺してやりたい人間など掃いて捨てるほどいる。筆頭は馨に下らないことを言った親戚だ。
「お母さんってカマキリみたい」
「なにそれ」
思わず伊織は吹き出した。
「だって、番になった相手はみんな、死んじゃってる」
「じゃあ、僕らは鳥になればいい。そうすれば食べられない」
二人の視線が床に置かれたままの図鑑に注がれる。行儀よく並んだ鳥たちは二人のことになど見向きもしない。
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