悲劇のヒロインはどこにもいない (Page 5)
ふと視線を下ろすと、彼に組み敷かれた馨がすっかり蕩け切った顔をしていた。桜色の唇はだらしなく開き、快楽に溺れているのだと一目見て分かる。きっと自分も同じ顔をしていると伊織はぼんやり思った。
突き進むうちに、こつんと自らの先端が女性の最奥に触れた感触があった。ぶるりと伊織は体を震わせる。
「ごめん、馨」
「え?」
伊織は先端ギリギリまで男根を引き抜き、再び根元まで一気に中へ埋めた。ゆっくり挿入した時とは別種の快感が彼を痺れらせる。その快楽にすっかり理性を溶かされた伊織は乱暴に腰を打ち付けた。淫水が交じり合い、肉がぶつかる音が微かにくぐもる。その音と馨の切れ切れの声がさらに伊織を昂らせた。
腰を掴みさらに腰を動かす速度を上げる。すると馨が彼の手を握った。伊織を逃がすまいとするかのように、彼女はぎゅっと力を込める。
その仕草があまりに愛おしく、伊織は背筋を這う快楽に脳髄を焼かれそうになった。なんとか理性を保ち、伊織は男根を馨の膣から引き抜き、彼女の腹の上に射精する。
「うっ、ぐぅっ」
終わらないのではないか。そんなふうに思えるほど大量の精液が馨の腹に出された。濃厚なそれを馨が掌で撫でる。
「すごい、いっぱい……」
身を離し、伊織はティッシュで馨の体を簡単に拭いた。そうしているうちに馨も理性を取り戻したらしく、身なりを整える。
少しばかり慌ただしい終わりに、いつも伊織は空しくなる。本当は彼女を抱いて、ゆっくりと時間を過ごしたい。朝まで抱き合って眠りたいと、そんなふうに思っている。
だが、今はまだ駄目だ。
「馨」
書斎から出ていこうとする馨の背中に伊織は呼びかけた。
「なに?」
振り向きはしたが、目を合わせないまま馨が返事をする。いつも彼女は体を重ねた後に後ろめたそうな顔をした。
「もし、僕がずっと馨といたいって言ったら、どうする?」
「……できないって答えるかな」
「姉弟だから?」
こくりと哀しげに馨が頷く。
「じゃあ、僕がバイトする理由が結婚資金を貯めてるからって言ったら、どうする?」
「駆け落ちでもするつもり?」
「そんな無謀なことしない、馨じゃないんだから」
「は? ケンカ売ってんの?」
「真剣だよ。僕は馨だったら残りの一生をあげてもいいって考えてる」
「ありがと。……でも」
「僕は馨が好きだ。そっちは?」
「……す、好きだけどさぁ……」
「まあ、未来のことは分かんないしな。でも、憶えててよ。大学卒業して、就職もしたらまたプロポーズに来るから」
「無理だよ、だってあたしたち、姉弟なんだよ」
「再婚した連れ子同士のね。遺伝的な繋がりはないから、近親相姦にはならないし法的にはセーフだよ」
「はぁ?」
「それとも、僕とは遊びだった?」
「いや、待て」
「あ、もしかして悲劇のヒロインがよかった? 残念だったね。僕たちは――」
「待てって言ってんの」
馨はむんずと伊織の胸倉を掴み、睨みつけた。顔が真っ赤になっている。
「マジ?」
「再婚、連れ子、結婚で検索してみなよ。あっさり答え合わせしてくれるから」
「マジか」
ぐぅっと胸倉を掴んでいる馨の手に力が入る。
「馨。僕と一緒にいよう、ずっと」
「しょうがないな」
間近で伊織と馨の視線が交わる。近すぎてお互いの目には相手しか映っていない。
しかし、それも瞼に閉ざされて掻き消える。二人はゆっくとり目に見えない相手を確認するように口付けを交わす。
「好きだよ」
伊織と馨は額をくっつけ、笑い合いながら告げた。
二人の視線も声も溶け合って、一つのもののようだった。
(了)
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