夜よ、どうか明けないで (Page 5)

 二人は立ち止まり、周囲を見渡す。

「この辺ってあんまり来なかったよね」

 かつて遊んでいた自分たちのテリトリーから外れた場所で、良太郎の頭の中に地図はない。

「あっちが、線路だよ」

 小槙が夜の彼方を指さす。

 ぽつぽつと電灯が並ぶ開けた空間が存在している。近づけは詳細も分かるのだろうが、現在地からはそれも叶わない。

「よく分かるね」

「うん。電車で通学してたから」

 小槙は近くの中学校ではなく、偏差値でいえば良太郎の倍以上もある有名な中学校に進学していた。そして、毎日電車に乗って通学していたのだと彼は思い出す。

 賢い子どもたちが集まる学校で、聡い小槙は何を考え、何を感じていたのだろう。訊ねる気になどならないが、決して心地良いものではなかったのだと、その程度のことは良太郎にも分かった。

「じゃあ、この辺は小槙の方が詳しいね」

 良太郎は茫漠と広がる暗闇に視線を向けて言う。

「詳しくなんかないよ。電車から見てただけだから、何があるのか分かんない」

 何があるか分からない。

 そう言いながらも彼女は躊躇いなく歩みを再開する。良太郎も手を繋いで一緒に歩き出す。

 さくさくと二人の足元で立ち枯れた下草が音を立てる。穏やかな丘陵地帯には草原とも言い難い下草の群れが幾つかあり、その中ほどに目指しているものがあった。

 近づいてみるとそれが巨大な廃墟であることが分かる。遠目で見たときは一塊の得体の知れないものだったが、間近で見ると壁の殆どが失われ、柱や梁が残っているだけに過ぎない。それは太古の生物の骨格標本のようで、青白い月光が虚ろな内部に影を落としていた。

 骸骨めいた廃墟に二人は足を踏み入れる。

 がらんとした内部は日当たりが悪いのか、あまり雑草の類が生えていない。特に見るものもなく、比較的原形を保っているだろう壁の傍に座り込む。尻の下に土の感触がありありと伝わってくる。

 土の上に座るなんて、いつ以来だろうか。そんなことを考え、夜空を良太郎が見上げていると小槙が彼の肩に頭を乗せた。

「……久しぶりに外に出て、疲れた?」

「ちょっとだけ」

「たまにはこんなのもいいかもね」

「うん。そうだね」

 否定されると思っていた良太郎は目を丸くして小槙を見つめる。

 彼女は寂しそうに微笑んでいた。

「良ちゃんとわたしだげで、他に誰もいなかったらいいのに」

 びょうびょうと風がどこかで鳴っている。

 甲高い鳴き声のようなその音を聞きながら、良太郎は小槙に頭をぶつけた。上着のフード越しには体温も伝わらない。ただ布地の感触だけが頬にある。

「良ちゃん」

 名前を呼ばれ、良太郎は頭を離した。

 そのまま何もない場所を彼が眺めていると、小槙が前に回り込んでくる。上目遣いでじっと良太郎を見つめていたが、不意に目を閉じて顔を近づけた。彼も応えるため目を閉ざし、じっとする。

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