引き際
パチンコにハマっている人妻・亜希子(あきこ)とバイトの同僚である孝也(たかや)は、あるときパチンコに誘われる。ビギナーズラックで勝った孝也は家計を使い込んでしまった亜希子に勝ち分を幾らか融通してやるが、そのことで金の無心をされるようになり……。
パチンコ玉が蠢く音や筐体から流れ出る効果音や楽曲がホールに満ち満ちていた。
耳の奥まで押されるような音圧に辟易しつつ、孝也(たかや)はレバーを小さく回す。すると銀色のパチンコ玉が筐体を下へ流れていく。
何が面白いのか。
うんざりした気分で孝也は背凭れに体重をかける。
「どう? 出てる?」
隣で打っている女性が孝也の耳元で訊ねた。
ギャンブルに微塵も興味がないパチンコを彼が打っているのは、元はと言えばこの女性に半ば強引に連れてこられたからである。
「亜希子(あきこ)さん」
「なぁに」
孝也が声を張って名前を呼ぶと、女性は筐体から目を片時も話さず返事をした。
「これ、いつまでやるんですか」
「玉がなくなるまで」
今度は心底うんざりして、孝也はレバーを思い切り捻った。するとパチンコ玉がどんどん筐体を滑り落ちていく。
さっさと終わらせ、帰りたい一心の行動だ。
だが――
「えっ、あっ、え?」
「うわ、当たってる当たってる!」
どこを、どう玉が落ちていったのか。唐突に筐体の真ん中に据えられている液晶がアニメーションを垂れ流し始めた。それを見た亜希子が隣から手を伸ばし、ボタンを連打すると次々とパチンコ玉が排出され、筐体に備え付けられた受け口があっという間に満杯になってしまう。
そのまま数時間。
最終的に孝也のドル箱は四つ積み上がるほどになっていた。
それらを全て換金すると、それなりの額が懐に入り込む。
臨時収入としては有難いはずなのだが、どうにも後ろめたいような、座りの悪さが財布を仕舞ったポケットにある。
ギャンブルで手にしたあぶく銭ということも理由だ。
しかし、一番の理由は隣で青い顔をしている亜希子の存在である。
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