箱詰めの天国

・作

恋人とも、友人とも呼べない曖昧な関係にある男女。しかしながら二人の距離は限りなく近い。至近距離の曖昧な関係に名前は付けられず、どうしようもなく心地良い。不器用な男女が織り成す、ある一夜のやり取り。

そこは豪奢な華族の部屋。
 黒壇の机に、舶来ものの洋灯。書棚には蘭学などの書物がぎっしりと詰まっていた。
 部屋の主が西洋文化に興味を持っていることが、それだけでも窺い知れる部屋。

 四角く区切られたその空間へ、天から大きな男性の手が降りてくる。節くれ立ったその手は黒壇の机の傍に革張り椅子をそっと丁寧な仕草で置いた。

 手が上昇し、天井のない豪奢な部屋へ安堵の溜息を落とす。溜息の出所は遥か天上の園ではなく、筋骨逞しい男の口である。岩石を繋ぎ合わせて作ったような無骨な男だ。

 溜息の主である男は、自らが創造した豪奢な一室を細めた目で覗き込む。

 部屋には降り積もった年月の重みはない。かといって軽薄な印象もない。使うべき人物のいない空白が物寂しいだけだ。
 こくり、と小さく頷き、男性は自らが形作った部屋から視線を外す。それから彼は作業机の上に置かれた写真を取り上げた。写真はセピア色に変色し、端の方は擦り切れている。

 コツコツと扉が不意にノックされた。

 男は写真から視線を外さず、低い声で応える。
「どうぞ」

 岩が転がるような低い声音に扉を開けたのは女だ。
 ぱっと目を惹く美人である。そこに立っているだけで、周囲が微かに明るくなるような雰囲気があった。着ているものはファストファッションで、すっかり化粧も落としているが、彼女には佇まいからして華やかな美しさがあった。

 彼女は片手に二つのマグカップを器用に持ち、後ろ手に扉を閉める。
 フローリングの上を裸足で歩き、女は作業机の上へ片方のマグカップを置く。

「もうできたの?」
「はい」
 二人の視線が作業机の上にあるものへ注がれる。

 空間を切り取って縮尺を小さくしたかのようなミニチュアがそこにはあった。男が先程まで見つめていたセピア色に色褪せた写真が、そっくりそのまま再現されている。壁の一角、彼らから見える方向の壁はなく、撮影セットのようになっていた。

 女が男の肩へ手をかけ、顔をミニチュアへ近づける。
「いつもそうだけど、ほんとに凄いわね」
「……」

 男は黙したまま、持っていた写真を作業机の上へ置いた。それにつられて女の視線も写真へと向かう。

「今回は、これ?」
「はい」
 支えにしていた男の肩から手を放し、女は写真の縁を指先でなぞる。よく手入れされた爪が淡い照明の光を真珠色に弾いていた。

「古い写真……、どこで見つけてきたの?」
「古道具屋で」
 またしても言葉少なに答えた男に女が笑いかける。
「例の小道具を探していたのね」
「……ええ。監督が、どうしてもと」
「あの人の我儘に付き合う必要なんてないのに」
「あなたの舞台ですから」

 女は一瞬だけたじろいだ様子を見せるが、それを満足げな微笑の下へそれを押し隠す。

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