紅いレインコートのひと
子供しか知らない「紅いレインコートのひと」の噂。家庭教師の蘇芳(すおう)は生徒に授業をすっぽかされ、自らもその噂が流れているらしい街へと探索に赴く。そして、噂通りに紅いレインコートを着た女性と出会い……。
家庭教師の仕事は思っていたよりも実入りが良かった。
ターゲットを偏差値が低い子に絞ったのも良かったのかもしれない。週に三回ほど、テスト前などは希望によっては回数を増やしているが、たったそれだけの仕事で楽な暮らしができている。
その日もいつもと変わらぬ授業のはずだった。
だが、肝心の子供がいない。
こじんまりとした一軒家のリビングを応接間代わりに、蘇芳(すおう)は生徒の母親と向かい合っている。
母親は申し訳なさそうな顔をして、彼にお茶を勧めた。
「あの、由美(ゆみ)さんは……?」
困惑を隠すこともできず、蘇芳は訊ねる。
勉強を教える子供はどこに行ってしまったのか。
「紅いレインコートのひとを探すと言ってどこかに行ってしまって」
気まずそうに母親は告げた。
「子供達の間でそういう噂が広まっているんです」
「……具体的にはどういう噂なんですか?」
お茶を啜り、蘇芳は質問を重ねる。
「それがよく分からなくて。赤いレインコートを着た人がいる、とだけ。あとは変な歌も流行ってるみたいですけど」
なんだそれは、と内心は思いつつも蘇芳は黙り込む。
要は自分の授業よりも噂話の真偽を確かめることを優先されたのだ。そのことは生徒の母親も分かっているらしく、日当をいつもよりも多く渡され、蘇芳は生徒の家を後にした。
面白くないといえば面白くないのだが、授業をせずに楽して金銭を手にしたと思えば気も晴れる。無理やりそう考え、彼は日当を鞄に仕舞ったまま、街へ足を向けた。
別に遊ぼうと思ったわけではない。
確かめてみたくなったのだ。
どこで子供達が噂を追いかけているのか。
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