青い薔薇は拙い恋の夢を見る

・作

石持京太郎(いしもち きょうたろう)は、上司である安藤知花(あんどう ちはな)と休日を宝探しに費やすことになる。予定通りにはいかない宝探しの終点に、知花のとっておきのプランに付き合うことになり……。

 石持京太郎(いしもち きょうたろう)は酔い止めの薬を飲んでいなかったことを心底後悔していた。

 それというのも上司である安藤知花(あんどう ちはな)のドライビングテクニックを舐めていたのだ。本当にひどいものだった。未舗装のデコボコ道を凄まじい速度で飛ばすのである。横転しなかったことは幸運だったのか、はたまた彼女の腕によるところなのか。

 げえげえと藪の中に胃の中身を吐き散らし、京太郎はぐったりと空っぽの腹を抱えて車の傍まで帰っていく。

 泥だらけの四駆の傍では長身の女が地図を広げていた。安っぽい生地のシャツとパンツは薄汚れており、その有り様は雑巾に包まれた宝石といった感じだ。

「京太郎くん、大丈夫?」

 地図を畳み、知花が素っ気なく尋ねる。

「大丈夫です。もう吐くもんないですから」

「それは良かった。早速移動しましょ」

「えっ、道ないですよ」

「自動車が通れる道は、ね」

 知花はそう言って四駆から軍用品だというやたらと頑丈なリュックサックを引っ張り出した。げっそりとした京太郎も、彼女にならいリュックサックを取り出して背負う。ずっしりと重たいそれには、食料と水。その他のサバイバルのための品物が詰め込まれている。

「はいこれ」

 京太郎がリュックサックの腰や肩のベルトを調整していると、知花が大ぶりな鉈を手渡してきた。

「え、僕がやるんですか?」

「京太郎君って、地図読みできる?」

 紙の地図とコンパスを差し出され、京太郎は頬を引き攣らせる。スマホを使えば案内してくれる都市部と違い、二人がいる場所は電波など届かない僻地。普段生活している日本と地続きだとは、にわかに信じられない。だが、人の住んでいない地点に電波を飛ばすような無益なことをどこの企業もしないも事実だ。

「じゃあ、あたしが指示するからね」

 何も言えず黙った京太郎の眼前から地図とコンパスを引っ込め、知花が宣言する。

 肉体労働は、男の役目――などいいう世迷言を彼女は言わない。100%知花が鉈を振るった方が早い。だが、それでは効率が悪いので、京太郎と分業しているのだ。

 彼女が徹底した合理主義者なのは社内では有名である。頭の固い上司を舌鋒鋭く追及し、古式ゆかしい体制を刷新したという伝説は京太郎が入社した時に先輩から聞かされた。

 そんなわけで、京太郎はぜいぜいと息を切らしながら、鉈を振るう。

「鉈は外に向きにね。足を切ると危ないから」

 ここから最寄りの病院まで最短でも四時間はかかる。背筋を冷たくしながら京太郎は藪を切り拓いていった。

「ここら辺りは下草が多いでしょ。人が切り拓いたから日光を遮るような大きな木がないからなの」

「だから、なん、ですかっ」

「目的の廃村まで近いってことよ。京太郎くん」

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