籠の鳥は、いつ出やる
鶴田邦彦(つるた くにひこ)の息子は事故で長らく昏睡状態に陥っている。そして、息子の友人である紘奈(ひろな)は、彼の目覚めを一途に待ち続けていた。
邦彦はそんな一途で従順な紘奈と肉体関係を持ち、病院で、自宅で、屋外で体を弄ぶのだった……。
病院というのも、十年近く通っていると変わってくるものだと鶴田邦彦(つるた くにひこ)は思う。
例えば建物ひとつとってもそうだ。真っ白で硬質な印象がかつての病院にはあったが、現代は同じ白でも柔らかい色合いになり、無機質な印象は軽減されている。
それに看護婦という言葉も死語になって久しい。今は誰もが看護師と呼ぶし、自分が病院に通うようになってから随分と病院施設と関係者、そして来院者も変わった。
重たげな印象と違い、軽い力で開閉できるドアをスライドさせ、邦彦は通い慣れた病室へと足を踏み入れる。中には医療機器とベッド、そこへ横たわるチューブに繋がれた彼の息子。
そして、ベッドサイドの椅子に座り、彼の息子へ語り掛ける少女がいた。
付近にある高校の制服を着た少女の背中が身動ぎする。
「健太(けんた)君、お父さん来たね」
そう言って振り向いた少女には、またほんの少しだけ幼さの残滓がある。子供から大人へと移り変わる蛹のような期間にだけ顕れる少年少女特有の気配。体は成熟して女性らしい円やかさを増し、内面が反発するようにじわりと子供としての柔らかさを失う。その瞬間のあわいにあるグラデーションは、彼女に奇妙な色香を纏わせている。
肉付きは決して豊満というわけではない。どちらかというとスレンダーな方だろう。制服のプリーツスカートやブラウスの袖から垣間見える四肢はしなやかで、瑞々しく芽吹く若木のようだ。
「紘奈(ひろな)ちゃん、いつも来てもらって悪いね」
邦彦が呼びかけると、少女――紘奈(ひろな)がおっとりと笑う。
そんな彼女へ歩み寄り、彼は紘奈の肩越しにベッドへ本が一冊置かれていることに気付いた。
「それ、読んでたのかい?」
「はい」
紘奈は返事をしてぱらぱらとページをめくる。ちらりと見えたページにはおどろおどろしいイラストが幾つも挿入されていた。
「健太君、怖い話が好きだったから」
「そうなのか」
一瞬だけ彼女は悲しそうな顔をしたが、すぐにかき消す。もっともその仕草は痛々しく、無理に持ち上げた薄い唇の端が微かに震えていた。邦彦は彼女の痛みから目を逸らすため、ベッドの上の本へと視線を向ける。
「どんな本なの?」
チープなタイトルから想像はついたが、あえて邦彦は質問した。
彼の内心を読んだのか、紘奈はベッドの上から本を取り上げて胸の前で表紙を見せる。
「『かごめかごめ』とか、そういう童謡の意味が分かると怖い話が載ってるんです」
「『かごめかごめ』って子供が遊ぶ、あの?」
「そうです」
「へぇ、僕の頃はもっと別の意味で流行ってたけど」
「どんなふうなお話なんですか?」
「埋蔵金の隠し場所がどうとか、そんな話だったかな」
子供の頃にテレビを見た古い記憶を脳から引っ張り出し、邦彦は曖昧に言う。その様子に紘奈が微笑む。目を細め、少しだけ首を傾げるようにして微笑むその様子を見て邦彦は、彼女の痛みが去ったのだと悟った。
ゾクゾクする
エロくて怖くて哀しくて…最高でした。
ま さん 2023年12月24日