籠の鳥は、いつ出やる (Page 5)
子供部屋の扉は開け放たれている。
小学生の頃から学習机も衣類も何一つ更新されていない室内で、唯一増え続けているノートの上へ、そっと紘奈がまた新しいものを乗せていた。
憂いを帯びた彼女の横顔は、同世代の若い少女達よりもずっと大人びている。
その表情に邦彦は、どうしてだか健太が飼っていた小鳥を思い起こす。空を見上げて、狭い籠の中で息絶えた小鳥。あの小鳥の死骸は、どこに埋めただろうか。
胸の奥のざわめきが、獣欲の火を吹き消す。
「いつも、ありがとう。きっと健太も喜ぶだろうね」
「……そうだと、いいですね」
紘奈は新しいノートの表紙を撫で、寂しげな顔で答える。
「……前は、健太君がノートを見せてくれていたんです。私のノートは、いつも滅茶苦茶にされてから」
言葉の意味を問うことは邦彦には躊躇われた。
それが家庭での問題なのか、あるいは学校での生徒間のトラブルなのか見当もつかなかったし、嫌な過去を掘り起こしたところで意味はない。過去の事柄を今になって修正などできないのだから。
邦彦は代わりに紘奈の傍らへ行き、肩を抱いた。華奢な肩が掌に収まり、紘奈は彼の肩へそった頭を乗せる。甘えているのだろうか、と邦彦は思ったが、表情を確かめようとはしない。
「お掃除しますね」
僅かな時間だけ身を寄せ、紘奈はいつもと同じ声音で言ってから離れて行った。
所帯じみたことをしたがるのは、女の独占欲の表れ。そんなことを言っていた若い頃の同僚の言葉を思い出し、邦彦は苦いものを口の中に感じる。
溜息を吐き、彼は息子の部屋を出た。後ろ手に扉を閉め、リビングへ向かう。
妻が一緒に暮らしていた頃からそうしていた。不得手なことを手伝おうとしても邪魔になるだけだ。
リビングで欠片も興味がないニュースを流し見ていると、紘奈が顔を出す。
「ご飯は、どうします?」
「お願いしようかな」
「はい」
心なしが弾んだ声で紘奈が返事をして顔を引っ込める。
ふと、紘奈は妻とも会っているのだろうかと疑問を邦彦は得た。彼女に料理を振舞われるのは初めてではない。だが、記憶にある限り健太が好きだったメニューが多かったように思えた。
邦彦は妻の顔を思い出そうとして、その輪郭が朧げになっていることに気付く。詳細が揺らいで水面に映った虚像のようにはっきりしない。だが、意外なほど動揺はなかった。
子供まで成した女のことよりも、自らが躾をしている少女の方が抱いている回数は多いのではないか。そんなことに思い至り、邦彦は思わず苦笑する。
息子と同い年の少女に妻に出て行かれた住まいを整えてもらい、食事の世話までされている現状はあまりにも滑稽だ。
「お礼を、しないとな」
うっすらと口の端で笑い、邦彦は下半身に血が集まるのを楽しむ。
妻では得られなかった昂ぶりだ。
ゾクゾクする
エロくて怖くて哀しくて…最高でした。
ま さん 2023年12月24日