恋に切り札はない (Page 3)

 凛とした隙のない表情は、ホビーショップで目を輝かせていた女性と同一人物とは思えない。子どものように楽し気にカードパックを買いに行った女性と、目の前にいる鋭利な雰囲気の、いかにも切れ者といった女性が繋がらないのだ。

 それでも大吾はそつなく打ち合わせを終わらせ、取引先を辞去する。

 交換した名刺には社名と役職、そして二ノ原澄乃(にのはら すみの)という氏名が記されていた。

 大吾と澄乃。

 二人はプロジェクトの推移に合わせ、幾度なく社用で顔を合わせることになる。だが、一度たりともビジネスから外れた会話をすることはなかった。大吾も澄乃がホビーショップでの出来事を忘れていると割り切って仕事をした。

 そしてプロジェクトは順調に推移し、まとまった休日を大吾は取得できることになった。安定期に入ったからこその休暇ではあったが、仕事自体は好んでいた大吾にとってプロジェクトから離れることは後ろ髪を引かれる想いがあったことも嘘ではない。

 とはいえ、自宅にはずっと触れていないトレカや未開封のプラモデルもある。

 ボーナスのようなものだと大吾は割り切り、休暇を楽しむことにした。

 手始めに顔馴染みのホビーショップへ行く。

 トレカの並ぶ棚を見て、大吾はふと澄乃のことを思い起こす。

 仕事で顔を合わせるたび、大吾は澄乃のことを好ましく思うようになっていた。仕事は正確だし、何よりも実直な所に好感を抱いた。

 思い起こせば澄乃と出会ったのも数か月前のことになる。

 懐かしさすら覚え、大吾は手の中でカードパックを見つめた。あの時と同じ種類のカードパックたが、発売日当日とは違い、今では在庫もたっぷりとある。

 自分の胸の中に湧いた感情の処理にまごつきながら、大吾はぶらぶらと店内を見て回った。何か目的の商品があるわけでもない。散歩でもするように大吾は歩き、そしてボードゲームのコーナーで足を止める。

 大吾の視線の先には新発売されたボードゲームを熱心に見ている澄乃の姿があったのだ。彼はしばらくの間、呼吸すら忘れて立ち尽くしていた。

 不意に澄乃が大吾のことを見る。彼女は束の間驚いた顔をしていたが、はにかむように笑って近づいてきた。

「あの、お疲れ様です」

「お、お疲れ様です」

 社用で会っていた時とはまるで表情が違う。身に纏う雰囲気すら違った。

「染谷さんは、トレカですか?」

「はい、あとプラモとか」

 名前を知っている。やはり同一人物なのだ、と大吾は改めて驚く。

「プラモですか、私は作ったことないんですよ」

「結構簡単ですよ。それは?」

「贔屓にしてるデザイナーさんが新作を出したのでチェックしておこうかと思いまして」

 そこまで一息で言ってハッとした様子で澄乃は口を閉じる。

「ほんとにすみません。つい……」

「ああ、気にしないでください。好きなものは語りたくなりますよね。分かります」

「ありがとうございます」

 商品を抱きしめるようにして彼女は小さく頭を下げる。

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    匿名 さん 2020年7月8日

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