心を満たし溺れるもの

・作

塾を経営している加藤(かとう)は、月謝を滞納している人妻・澄佳(すみか)に自らの体で支払うことを提案される。それを一度は拒否したが、加藤は自らの利益のため、あえて提案を飲み、澄佳を性技の虜にすることを決めるのだった。

加藤(かとう)は市営ホールから出て軽く伸びをし、満足感のある疲労を噛み締める。

 彼がこの場を訪れたのは、児童心理学を研究している大学教授の講演を聴講するためだった。講演の内容は非常に有意義なもので、子供相手に教育ビジネスをしている加藤には実りある時間となった。

 空は茜色に染まり始めているが、夕食をするには半端な時間だ。

 少し考えてからビジネスバッグを持ち直し、加藤は駅前へと歩き出す。
 距離は少しあるが、空腹感を得るにはちょうどいい。夕飯時ではないから、きっと飲食店も空いているだろうから、たまにはゆっくりするのも悪くないだろう。
 
 加藤はそんなことを考えながら、夕暮れが少しずつ迫る町を歩いていった。

 そうして駅前に近づいていくと、次第に整えられた市営ホール近辺の雰囲気が薄れ、猥雑さを感じさせる空気が漂ってくる。

 ふと、彼は路地の奥にある小さな看板に目を止めた。近寄ってみるとあと一時間もすれば、その店はカフェから酒を出すレストランへと変わるらしいと分かる。
 
 メニューはなかなか魅力的なものが揃っていた。
 それ以上迷うことなく、加藤は店のドアをくぐる。
 
「ディナータイムになったら食事をしたいんですが、それまで中で待てますか?」
 彼の問いかけにスタッフは笑顔で了承し、席へと案内してくれた。スタッフにコーヒーを注文し、ディナータイムになったら改めてメニューが欲しいと伝える。

 運ばれてきたコーヒーを飲み、落ち着いた所で加藤はバッグから講演で手に入れた資料を取り出した。改めてじっくりと目を通し、自分のビジネスに役立ちそうな部分を抽出する。

「……んな。困り……。だって……」
「……から……」
「絶対に……」
「投……に、……あり……、せん」
「でもっ」

 加藤の近くにあるテーブルで交わされていた男女の会話の声音が一際高まった。そのせいで集中力を削がれ、彼の資料の文字列を追う目が止まる。
 無表情に加藤は音源を見た。

「興奮なさらないでください」

 話をしていた男性の方が咎める口調で言う。声を高くしてしまった女性の方は、ばつの悪そうな顔で俯いていた。

 その女性の横顔に思わず加藤は釘付けになる。
 彼女の顔は少し青褪めていたが、それでも綺麗に整っていることは疑いようもない。
 
 すっきりした鼻梁と切れ長の目元は絶妙なバランスを描き、配置されている場所も申し分なかった。ふっくらした頬の輪郭は実際の歳よりも彼女を若々しく見せている。
 
 可愛いや美しいという形容よりも、綺麗という言葉がぴったりと嵌る女性だ。咲き誇る大輪の花ではなく、花瓶の中でひっそりと薫る一輪の生花だ。

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