酩酊関係 (Page 2)
乾太は瓶の蓋を開けてそこにぴったりと嵌るサイズの茶漉しを当てた。
鍋の中身を一旦瓶に空けて、紫蘇の欠片などの異物を取り除き、水洗いした鍋に再び戻す。
「あと、三十分ぐらい煮詰めたら完成だ」
予め計量していた砂糖を鮮やかなルビー色の液体に加え、乾太は明楽に向き直る。
「じゃあ、待ってる間に飲もう」
「つまみはどうする?」
「コンビニでピーナッツ買ってきたけど」
「それだけじゃ寂しいな」
乾太は冷蔵庫を開け、適当に取り出してつまみを作る算段をした。
「手伝ってくれ」
「オッケー」
二人は並んで当たり前のように流しに向かう。
その隣では鍋が再び、ふつふつと気泡が底から無数に上がっていた。
「なにこれ」
ダイニングにある乾太の本棚を物色していた明楽は口の中で呟いた。
彼女は耳元から首筋までうっすらと朱色になっている。アルコールで体温が上がり暑くなって、明楽はシャツのボタンを幾つか外していた。その隙間からはブラジャーの端と胸元が覗いている。
視線の先にあるのは週刊誌ぐらいの厚みのハードカバーの大判だ。
見つけた本を明楽は片手で引っ張り出す。
表紙には『voluptas』と金色で刻印され、荒縄で緊縛された女性が気だるげな表情で横たわっている。
「ラテン語だっけ?」
タイトル以外はモノクロの表紙に指を滑らせ、明楽は本の下端を胸に当てて、器用に片手で本を開いた。
中は全編にわたって緊縛された女性がモノクロの写真で収められていた。頽廃的なエロティックさと妖美さが混濁した世界観が、酩酊した脳にじわじわと染み込んでいく感覚を明楽は味わう。
もう片方の手に持ったグラスを口元に運び、梅酒を口に含む。氷が小さく鳴った。
「綺麗でしょ?」
用足しを終え、部屋に戻ってきた乾太がゆったりとした口調で言う。
「これ、彼女とか嫌がんない?」
「もう別れたから、本棚に戻した」
「なるほどね」
明楽は失笑して本を元の場所に戻した。
「元カノにも、こういうことしちゃったからフラれたの?」
我ながらデリカシーのない物言いだったか。そんなふうに思って明楽はグラスの中の氷へ視線を落とした。くるくるとグラスを回すと、同じように氷もグラスの内周に沿って動く。
「しなかった。嫌がるのは分かってたから」
「ふぅん」
「そっちこそ、いいの? 彼氏ができたってこの間、言ってた気がするけど」
「もう別れた」
「三か月か……」
くつくつと喉の奥で笑われたが、先程のデリカシーのない発言もあって、明楽は唇を尖らせて不満を表明するに留めた。
大人の哀愁
癒やされました〜ありがとう!
どら さん 2022年10月11日