酩酊関係 (Page 3)
「わりと長かった方かな」
「おぉい、私が男をとっかえひっかえしてるみたいな言い方はやめてよ」
「いや、実際明楽だったらできるでしょ」
「しないよ」
流石に明楽は顔をしかめて否定する。
「人付き合いって、結構窮屈じゃん」
「否定はしない」
乾太は澄ました顔で答えて、ソファではなくテーブルの前に腰を下ろした。胡坐をかいて、グラスを取り上げ、喉を逸らして中身を呷る。彼が口の中で氷を砕く音が沈黙した二人の間に落ちた。
ロックで酒を飲むことを好む彼が、最後に氷を噛み砕くのを何度となく明楽は見てきた。
初めて見たのはいつだったか。
ふとそんなことを考えつつ、彼女もソファではなく、乾太の隣に腰を下ろす。
二人並んでつまみを散らかしたテーブルの上を眺める。
「彼は……、私に満足してたのかな」
「……してたんじゃない? 金も社会的地位もある女と付き合ってるんだから」
「ステータスってことか」
「さあね」
「そっちは、元カノに満足してた?」
「してた、かな」
「セックスも?」
不意に鼻の奥へ安酒と煙草の臭いが漂ってきた。
同じような問いかけをお互いにした。その時の臭いだ。
学生街の一角にある安酒を出す店。そのテーブルの片隅で、泥酔したバイト仲間達に混じって、二人は初めて話をしたのだ。
薄暗い店内に格好をつけて流れるジャズと、尾を引く紫煙。
不味そうに酒をちびちび飲んでいた乾太は、なんと答えただろうか。
「それなり」
「私もそれなり」
ちらりと、横目でお互いの顔を盗み見る。
酔いのせいか、明楽は体が火照っている気がした。
「縛りたい? あの本みたいに」
「それは無理」
「どうして? 私ならいいよ」
「あんな風に縛るのは、それなりの技術とか、知識がいるから」
ぼそぼそと乾太はそれらしい言い訳を口にする。まだ躊躇いがあるのかと明楽は可笑しくなってきた。
「軽くでいいから、縛ってよ。その代わり、私のリクエストにも応えて」
「……分かった。少し待ってて」
立ち上がり、乾太はダイニングを出て行く。それを見送った明楽も立ち上がって、ソファの上に改めて座り直した。
彼を待っている短い間に、どうした訳か初めて男と寝た時のようにそわそわした気持ちになってしまう。期待しているのだ。きっと、自分の欲求を満たすような時間があると。
ソファの上で足を組み替えたり、腕を組んだりして明楽は落ち着きがない。だが、視線はじっと本棚に収められた黒い背表紙に向かっていた。
大人の哀愁
癒やされました〜ありがとう!
どら さん 2022年10月11日