失われるものとの約束 (Page 4)

 帰り着くと、祖母が農具を洗っているところに出くわした。どうやら彼よりも早く目覚め、畑ですでに働いていたらしい。

 慎ましやかな朝食を二人で食べながら、幸也は千和に聞いた村田という人物の所在を訪ねる。

「お祭りん時期は会えるか分らんよ。忙しい人じゃけぇね」

 そんな前置きをし、祖母は村田の連絡先を教えてくれた。

 食事を終え、頃合いを見計らって幸也は村田に連絡をする。用件を伝え、千和からの紹介だと伝えると相手が息を呑む気配が伝わってきた。面会の時間を約束し、電話を切ってから幸也は荷物を持って村落を見て回ることにする。

 住人は誰もが年老いており、子どもの姿など、どこにもない。かつて幸也が両親の離婚調停のために祖母の家に預けられていた時と、そういった意味では変わらない。

 暇を持て余していた彼は、その時どうしたのだったか。ひと夏の滞在だったが、不思議と退屈した記憶はなかった。

 どこかで一人きりで遊んでいたのだろうか。それとも祖母の手を煩わせていたのか。

 朧げな記憶を脳内で繋ぎ合わせていくと、神社が像を結んだ。決して広いとはいえない境内で、彼は殆どの時間を過ごしていた。そこまでは思い出したが、それ以上のことは虫食いのように記憶が定かではない。

 単純に幼い頃の記憶だから朧げなのか、それとも他に原因があるのか。幸也は確かめようと神社を探すことにした。

 だが、狭いはずの村落の中で、どうしても神社を見つけられない。隅から隅まで探索したかったが、村田との約束の時刻が近づいていた。

 後ろ髪を引かれる思いで幸也は村田の自宅へと向かう。

 挨拶もそこそこに幸也は本題を切り出した。

「のんのさんですか」

 ちらちらと村田は幸也の顔を見ながら話を続ける。

「この村が水害に見舞われた時、守ってくれたんだとか。それで神社を普請して祀ったのが最初だと聞いております」

「名前の由来はご存じですか?」

「……元々、名前はなかったのだそうです。村の者たちが呼ぶのに不自由なので、のんのさんと」

「名前がなかった」

 由縁のないものを神として奉った。そのことに幸也はひっかかりを感じる。水害というきっかけがあったにせよ、人は形がないものを突然信仰したりはしない。自然信仰も人間を知り囲む環境に対する畏敬が根本にあるのだろう。

 だが、突然現れて人間を救うような都合のいい神がいるだろうか。その神の出自も時代を経るにつれて忘れられ、現在のように縁起だけが残り、名前が失われたのだろうか。

 あるいは名前を伝えることができない理由があったのか。

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