失われるものとの約束 (Page 2)

 そのまま誰とも出会わず、幸也は祖母の家に到着した。

 麦わら帽子の庇の下、ささやかな陰の下から見上げた祖母の家はこじんまりとした古い日本家屋だ。茅葺屋根でこそないが、時代劇か昔話にでも登場しそうな古さである。祖母によると、彼女の母親が嫁いできた時にはすでに建っていたらしい。

「あの、ありがとうごさいました」

 女性に礼を言い、幸也は手を放した。

 小さく笑い、女性は去っていった。ぼんやりとその後ろ姿を眺めていた幸也は蝉の声に我に返る。降り注ぐような蝉の声にうんざりしながら、幸也は家の中へと声をかけた。

 すっかり疲弊した細い声だったが、祖母はすぐに出迎えてくれる。

 自分でも情けないと思いながら、幸也は全身の倦怠感を堪えて立っているだけで精一杯だった。ふらふらと奥の客間に通され、結局その日は休むことになった。横になっている幸也をわざわざ団扇で祖母が手ずから扇いでくれる。

「おばあちゃん、ごめん」

「なぁにが、来てくれてありがとうねぇ」

 にこにこと笑いながら、祖母は続ける。

「大学のお勉強で来とるんじゃろ? お祭りんこと調べるん?」

「うん」

 うとうとしながら幸也は返事をする。まるで幼い子どもに戻ったような心地で、彼はとろりと眠りに溶けていく。

「お祭りん間は、川に行ったらいけんよ。のんのさんが居りんちゃるけんねぇ」

「うん」

 幸也は返事をして、瞬きをした。

 文字通りの一瞬はずだったのだが、縁側から見える景色は夜明けのそれに変わっていた。普段生活している場所とはまるで違う朝の気配が世界に満ち満ちている。

 村落は山間にあるため、夜の底に揺蕩うように山影に沈んだままだ。今は山頂の輪郭が朝日で金色に縁取られ始めたばかりで、村落全てが朝日に浴するには時間が今少し必要だろう。

 幸也は寝床から起き上がり、軽く伸びをする。肺の中に清涼な空気が入り込んできた。半日以上眠って疲れがなくなったのか、意識に濁りがなくなったように感じる。

 珍しく爽快な気分の目覚めに、サンダルを突っかけて彼は縁側から庭に出た。

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