夜の底から (Page 3)
「僕はね、さっちゃん。親が死んだとき、嬉しかった」
その言葉を聞いて、はっとした様子で彼女は顔を上げ、まじまじと祐悟の顔を見つめる。どろりとした熱量がその瞳に宿っていた。
だが――
「そんなこと、言っちゃだめだよ」
幼い頃のように、たしなめる言葉を震える佐奈美の唇が紡ぐ。
それから二人は無言で街を歩いた。行先など、どちらも告げず、定めず、回遊するように街を漂った。
気づけば傾きかけていた太陽はすっかり落ちて、空は藍から濃紺へと色合いを変えている。もう少しすれば薄墨色になって星を散らし出し、そして黒い夜空へと移ろうだろう。
「遠くに行こうか」
不意の言葉に佐奈美の顔が強張る。
街灯の下で一層彼女の顔は白く、青褪めてすらいた。
「でも……」
「僕が酷い目にあってる時は、さっちゃんがそうやって助けてくれたよ」
祐悟は佐奈美に歩み寄る。そして、彼女の左手を取ると、薬指に嵌っていた指輪を外した。佐奈美は抵抗もせず、されるがままになっている。
くすんだ銀色の指輪を祐悟は側溝へ向かって放り投げた。格子状になった蓋に当たると指輪は存外澄んだ音を立て、それから暗渠へと消えていく。
「止めなかったね」
「……ユウちゃんと一緒に、行こうかな」
疲れた顔で笑い、佐奈美は祐悟が握ったままだった手を強く握り返した。
*****
祐悟は預金を全て下ろして現金を確保すると、佐奈美と一緒に電車に乗った。
名前も知らない遠い町で下車したのは、そこが最終電車の終点だったからである。
二人の荷物は祐悟が持っているリュック一つだけ。携帯電話も何もかも住んでいた町に繋がるものは置いてきた。リュックの中身は出発の前に購入した数日分の着替えだけだ。
駅舎から出ると駅前はとても静かで、タクシー乗り場にも、バスターミナルにも、一台も停まっていない。
人通りの絶えた駅前と、そこから伸びる商店街を抜けても相変わらず町は静かなままだ。
人口の多い都市部と違い、この町は夜には眠りにつくように殆どの経済活動が停止するのだろう。それでも町の中心部らしき場所にはコンビニがあり、ファストフードのチェーン店が明かりを零している。
見慣れた店のロゴを横目に、祐悟と佐奈美は小さなビジネスホテルにチェックインした。幸いにもダブルの部屋が空いており、シャワーも浴びられる。
シャワーを佐奈美に譲り、祐悟は足を解していた。長時間電車の中で座っていたので、関節が固まっているようで鈍い痛みがある。
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