あなたしか映らない

・作

ラブホテルでアルバイトをしている大学生の泰輔(たいすけ)は、フロント係の波奈(はな)と関係を持っていた。アルバイト中に暇になった二人は、ついついお互いを求めてしまい……。ラブホテルの舞台裏で密かに交わされる純愛ストーリー。

泰輔(たいすけ)は、このアルバイトが気に入っていた。
 先輩からの紹介で始めたが、一人黙々と作業できる環境が性に合っていたらしい。今では掛け持ちしていたコンビニのバイトは辞めてしまった。接客ゼロのストレスフリーな仕事を知った今では、大学卒業後の社会人生活が不安にすらなっている。

「もしもし、フロントです」
 彼の背後で涼やかな声が発せられた。

「退室の予定時刻の十五分前です。延長も可能ですが、いかが致しますか? ……かしこまりました。退室の際にはフロントに鍵の返却を忘れませんよう、お願い致します。それではお時間までお寛ぎください。失礼致します」

 受話器を置く音を聞くと同時に、泰輔はスマホから顔を上げ、背後へ振り返った。
 泰輔の背後には複数のディスプレイが連なった壁と、小さなガラス窓で外部と繋がったデスクがある。そして、それらを背景に一人の女性が座っていた。

 女性はデスクにあるノートパソコンを操作してから、椅子をくるりと回して泰輔の方を向く。
「泰輔君、204号が十二時半に出るから、よろしくね」
「はい」
 先程の電話と同じく涼やかな声で言われ、泰輔は立ち上がった。スマホをポケットに放り込み、サンダルをつっかけて部屋と外界を隔てる鉄扉へ歩み寄る。重たい扉へ体重をかけて押し開け、二人きりの部屋から出ると薄暗い従業員専用通路に出た。

 ホラー映画のワンカットに使えそうな雰囲気の通路をぺたぺたとサンダルを鳴らして進み、泰輔はリネン室とプレートのある、これまた鉄扉を押し開ける。そこにはシーツ類などがぎゅうぎゅうに押し込まれ、掃除用具も並べられていた。
 手際よく壁際のカゴへ必要なものを泰輔は投げ込む。それを持ってリネン室を出た彼は、のんびりした足取りで階段を上がっていく。

 二階と書かれた扉の前で階段に腰を下ろし、泰輔はどうしてこの建物の扉は重たい鉄扉ばかりなのかと、ぼんやりと思考する。
 そんなことをして暇潰しをしていると予定時刻になった。

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