青い薔薇の観察者は幼い蕾を育てる
建設途中のビル。その屋上で調査対象を望遠鏡の中に捉える澤木(さわき)と、その弟子の鈴鹿(すずか)。二人が観察中に自慰を始めた調査対象を見て、体が火照ってしまった鈴鹿は澤木におねだりして……。
建設中のビル、その屋上に据えられた二台の望遠鏡。レンズには反射防止のフィルムが張られ、全体も濃いグリーンに塗り込められているため、夜闇に沈んで遠目には全く判別がつかない。
その傍には黒ずくめの格好をした二人組がいた。顔をバラクラバで覆い、さらにニット帽を被っている。そのため露出しているのは目元だけであった。
小柄な方の黒ずくめが腹這いになって双眼鏡を覗き込む。
「ねえ、先生」
バラクラバでくぐもっているが、若い娘の声である。
「これって、覗きじゃないの?」
娘は双眼鏡から目を離さず問いかけた。
もう一人は、周囲の建築資材に掛けられている物と同じシートを広げているところだった。
「寛いでないで、手伝え」
シートの端を吸盤でコンクリートの床に固定し、先生と呼ばれた男――澤木(さわき)は低い声で答える。
渋々といった様子で立ち上がった娘に、澤木は吸盤を投げ渡した。彼女はそれをキャッチし、澤木と反対側のシートを固定する。二人はそれぞれ箸を持って立ち上がり、シートを双眼鏡の上まで広げた。それからシートの下に資材があるかのように偽装するため空間を作り、そこへ潜り込む。二人は腹這いで双眼鏡を覗き込む格好になる。
止むことのない風がバタバタとシートを鳴らす。その風に負けない程度の声量で澤木が言う。
「目標の位置は覚えてるな」
双眼鏡が向いている先には大型マンションがあった。深夜であるため、明かりが灯っているのは三分の一程である。そのうちのひとつ、中層階に位置する窓へと澤木は双眼鏡の向きを微調整した。
目標の窓には薄いカーテンが引かれているが、厚い遮光カーテンは隅にまとめられている。おかげで中の様子がしっかりと見えた。
「この覗きにさぁ、なんの意味があるの? かわいい生徒の鈴鹿(すずか)ちゃんに、こんなことさせてどうすんの?」
「自分を可愛いとか抜かすボケナスに分かり易く解説してやるとだな」
まだ目標を見つけられていない鈴鹿の望遠鏡へ横から手を伸ばして方向を修正してやり、澤木は言葉を続けた。
「『ブルー・ローズ』っていうサロンの会員なんだよ、奴さん」
「ヤバげなサロンなの?」
望遠鏡の倍率を調整しつつ、鈴鹿が質問する。
「いや、会員そのものはわりと健全だな。主催してる連中はかなりデカいが」
「ああ、それで……。会員のこと調べてくれって依頼なんだ」
「言っとくが、今回の依頼主はブルー・ローズの関係者だぞ」
「マジ? 足の引っ張り合い的な?」
「外れだ」
誰もいなかった窓の向こうに、寝間着姿の女が現れた。体のラインがあまり出ない服装ではあるが、かなり肉感的な女である。風呂上りらしく、女は濡れた髪をドレッサーの前で乾かし始めた。
「サロンには裏オプションがあるんだとよ。そのオプション希望者の事前調査が今回の仕事だ」
「ああ、身辺調査ってやつね」
「一応、な」
澤木は言葉を濁した。
二人が観察する中、対象になっている女は髪を乾かし終わり、ベッドへ寝転んだ。それからサイドテーブルへと手を伸ばし、リモコンを操作する。すると照明が落ち、室内が暗くなった。
望遠鏡を暗視モードへと変え、澤木と鈴鹿は観察を続行する。
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