紅いレインコートのひと (Page 2)
蘇芳が生まれ育った町は小さな地方都市の、さらに片隅だった。
奇怪な都市伝説めいた噂などなく、平穏そのものといった雰囲気でのんびりした町に暮らしていたのである。そんな彼にとって、子供達がどのように噂話を追跡しているのか興味があった。
授業がなくなり、ぽっかりと空いてしまった時間に任せて彼は街を彷徨う。
噂話の怪人を追う子供を追う、というなんともねじくれた状況に滑稽さを感じつつ、それでも暇潰しとしては最適だ。
小一時間程歩き回った頃、ぽつりと鼻先に水滴が落ちてきた。
気付けは街に黒々とした暗雲が垂れ込めている。真昼でありながら路地に落ちる影は深く濃い。
蘇芳は雨に追い立てらにれるように路地を走った。目的地などない。強いていえば雨宿りができる場所だ。しかし、周囲には無機質な塀か、さもなくば生垣ばかりで雨をやり過ごせそうな軒など見当たらない。
蘇芳は雨に追い立てられるようにますます路地の奥へと迷い込んでいった。
すると彼の前に廃屋が現れた。廃屋だと思ったのは、その家が纏う荒んだ雰囲気故である。傾いた小さな門構えの下へと体を滑り込ませ、蘇芳は自分の直感が正しかった思った。
門の奥には、下草が繁茂した前庭と擦り硝子の嵌った玄関。それらが混然となって腐りかけの死体のような不穏さを纏っている。
すっかり怖気づいた蘇芳は雨が止むまで待つか、それとも今すぐ立ち去って雨に濡れて街を彷徨うか。その二択で葛藤する。
かろん。
彼の迷いの空隙に滑り込むように音がした。
かろん。かろん。
一定の調子で、その音は近づいてくる。
逃げ出してうっかり鉢合わせすることを蘇芳は恐れた。だが、このまま立ち竦んでいてもいずれは対峙することになる予感がする。
聴き慣れないとはいえ、たかが音にどうしてここまで怯えるのか自分でも不思議だ。
きっとこの廃屋の雰囲気に呑まれているのだ。そう蘇芳は悟る。とはいえ、悟ったところで恐怖は簡単に心の中から拭えない。
そして、ぐずぐすしてある間にも音は近づいている。
蘇芳は思い切って廃屋の敷地内へと足を踏み入れた。湿った土の感触を久方ぶりに足の裏に感じる。門構えの陰へと身を潜めた。音の正体がなんであれ、やり過ごしてしまえればいいのだ。
隠れるためにしゃがむと草いきれがむっと鼻を突く。凶暴な命の気配で殴られた心地になった。
恐怖に浅く早くな呼吸を必死に宥め、早くどこかへ行ってくれと願う。
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