青い薔薇園の管理者に甘い罰を (Page 2)

「おかえりなさーい」

 暗がりから姿を現したのは、見覚えのある若い女性だった。少年のようなショートカットと日向で微睡む猫のような面立ち。愛らしくはあるのだが、少しばかり間抜けそうな雰囲気だ。パーカーとジーンズというラフな出で立ちである。

 若い女性は照明のスイッチを入れた。電灯が両者の間にある暗がりを消し飛ばす。

「髪を……切ったのね、鈴鹿(すずか)さん」

 明穂の口から出てきたのは、そんなどうでも言葉だった。

「どうです? 似合います?」

 その暢気な様子に明穂は猛烈に腹が立ってきた。バッグに再び手を突っ込み、スマホを取り出そうとする。

「どうやって、私の部屋に入ったのか知りませんが、さっさと出て行ってください」

「さもないと?」

 馬鹿にした様子で鈴鹿は明穂に先を促す。

「警察を呼びます」

「あはは、どうぞ」

 手を叩いて笑い出した相手に激昂し、明穂はバッグの中のスマホを握る。だが、同時にその違和感に気付いた。あまりにも薄い。慌ててバッグの中を確認すると、そこには板チョコが一枚差し込まれていた。

「探し物はこれですか」

 鈴鹿がパーカーのポケットから、明穂のスマホを取り出してひらひらと振る。それから唖然としている明穂に向かって屈託なく言う。

「そのチョコ、お昼休みにコンビニで買おうか迷ってたでしょ?」

 いつの間に入れ替えたのか見当がつかない。最後にスマホを確認したのは、電車に乗っている時だった。居眠りなどしていない。バッグの口を無防備に開けていたわけでもなかった。

「あ、ちなみに抜いたのは、改札を出るちょっと前です」

 そんなことを簡単に言われても明穂にはまるで覚えがなかった。

「大樟さん、定期出すためにバッグ開けたでしょ? ここの鍵は管理人さんからスったけど」

 気軽に鈴鹿は言い放つ。その様子に明穂は背筋が冷たくなるのを感じた。目の前にいるのが歳若い娘だという認識が不意に揺らいだのだ。ヒトの形をした怪物が目の前にいるような、そんな空恐ろしさを感じてた。

「そんなとこにいないで、上がってくださいよ」

 足音もなく、するりと鈴鹿は歩み出て、明穂の腕を握る。

 ろくな抵抗もできず明穂は靴を脱いだ。照明が落とされている以外は、いつもの自宅と変わりがない。そのまま引きずるような格好で鈴鹿は彼女をリビングまで連れていく。

 そこも照明が落とされていた。空気が微かに温く、今まで人がいたのだと察せられる。

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