青い薔薇園の管理者に甘い罰を (Page 3)

「あれ? 古賀(こが)さんがいない」

 鈴鹿の口ぶりから、他にも誰かいるのだと分かる。

 脳を動かすと次第に明穂は冷静さを取り戻してきた。そもそも何の用件があって、鈴鹿が現れたのか。それが疑問だ。仕事を依頼したが、それ以上の繋がりはない。守秘義務を破り、三枝の一件で明穂を脅しに来たのだろうか。

 内心で明穂は頭を振る。はっきり言って、鈴鹿にそんな頭が回るとは思えない。言われたことを実行するだけの能力はあるが、その能力を一人では活かしきれないだろうというのが、彼女に対する明穂の印象だ。

 鈴鹿は突発的自体に陥れば対処できないだろう。

 明穂はそう判断し、今は従うことにする。何が起こるのか分からない現状では、無駄に動くよりもずっといいはずだ。

「鈴鹿さん、こちらです」

 寝室から初老の男性が現れた。

 仕立ての良いスーツを着た穏やかな面差しの紳士然とした人物である。

「あ、古賀さん」

 鈴鹿が明るい声を上げ、そちらへ向かおうとした瞬間に、明穂は持ったままだったバッグを思い切り振り回した。側頭部を狙ったが、視線すら向けずに鈴鹿は明穂の奇襲を回避する。流石に明穂を掴む手は離した。これで逃げることができる。

 明穂はそう思っていた。

 だが、その場で次のアクションを起こす前に強烈な衝撃で明穂は動けなくなる。衝撃は腹部を中心に広がり、彼女の体は痺れたようになって崩れ落ちた。反射的に明穂は衝撃を感じた腹部を両手で抱える体勢になる。

「乱暴は良くありませんよ」

 初老の男性が床に倒れる前に明穂を抱き止め、窘めるように言う。

 何事もなかったのかのように鈴鹿は、呻いている明穂を見つめた。その目には感情らしいものは浮かんでいない。先程までの明るい表情は失せ、明穂の状態を冷徹に観察していた。

「比べることに意味はないでしょうが、澤木(さわき)さんはもっとスマートに事を運ばれます」

「先生みたいには、上手くいかないですね」

 酷薄そうな声で鈴鹿は答える。それから彼女は身を翻した。

「私の仕事はここまで、ですよね?」

 首だけで振り返った鈴鹿はにっこりと笑って告げる。そして、明穂のスマホをリビングに残して去っていった。

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