ある商人の買い付け

・作

友人の借金を肩代わりすることになった藤吉(とうきち)。しかし、彼の住処には秘密の地下室があり、そこには友人の妻が匿われていた。藤吉は友人の妻に夫の裏切りを告げ、その隙に付け込むのだった。

 借金を背負った。

 曾祖父の代から続く小さな商店を営んでいた藤吉(とうきち)は、信じていた友人に騙されて肩代わりをさせられることになったのである。

 だが、藤吉はその友人を恨んでいなかった。

 借金はいつか返せるし、幸いにも自分は両親も流行り病で亡くし独り身で、死んでも悲しむ者もいない。せいぜい働いてゆっくりと返してゆけばよい。そんなふうに楽観的に構えていたのである。

 だが、友人が金を借りていた相手はまともな相手ではなかった。

 行方をくらまし、自分達の面子に泥を塗った相手を文字通りの地の果てまで追い回し、見つけ出したのである。

 そのことを聞いて、流石の藤吉も血の気が引いた。しかし、連中は毎月きちんと金を返し続ける彼には、催促こそはすれども乱暴な振舞いは案外しない。

 義理人情に篤い連中とは微塵も思えないが、不用意な干渉を避けた付き合いが続いたのだ。

「藤吉さん」

 封筒に入れた現金を数え終えた借金取りが何気ない調子で、藤吉を呼んだ。

「これ以上に急いで返せって言われても無理ですよ」

「いや、そうじゃあない。あんたに借金を肩代わりさせた野郎をどう思う?」

「なんとも」

 藤吉は素直に答える。

 その顔をじぃっと借金取りは観察していたが、その様子があまりにも神妙なので藤吉は我慢できず吹き出してしまう。つられて借金取りも笑った。

「あんた、ほんとに変わり者だね」

「そんなこと言われたのは初めてですよ。気が利かない奴だってのはよく言われますけど」

「独り身だったっけ?」

「嫁の来手がないんでね」

「そんなんじゃあ、せっかくの一物が錆びちまうな」

「あはは、そりゃそうかもしれんねぇ」

 藤吉が笑うと、借金取りも笑った。

 二人はその後、茶を飲んで世間話を楽しんだ。端から見ても借金取りと、その支払人だと思わないような和やかさ。

「さてと、仕事もあるだろうし、お暇するかね」

「へい。また、来月」

 藤吉が頭を下げ、借金取りが座布団から腰を上げ、履物を履いている時、ふとした思いついたという様子で言った。

「藤吉さん、こっちが女を世話してやるって言ったら、どうする?」

「ない袖は振れませんや」

 貯えもそんなにないんでね、と藤吉が笑うと借金取りが振り返って、懐から彼が渡した借金とは別の封筒を取り出した。そして、それを差し出して藤吉の胸元に突きつける。

「あんたは、正直なところ良くやってる。ちょいとぐらい良い目を見たって罰は当たらんさ」

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